Essay 少しまじめなエッセイのページ

"How to make soldier" by TM Warld-Tsugumi

  追悼 藤原彰先生   upload 2003.10.7

  追悼 江口圭一さん 「江口さんと沖縄戦研究」  upload 2005.9.21

  藤原彰『天皇の軍隊と日中戦争』(大月書店)の編集後記「編集にあたって」    upload 2006.5.14

 

 

 巻頭エッセイ(これまでに掲載した分)

この6月8日に発表した「2015年日韓歴史問題に関して日本の知識人は声明する」をこのトップ頁の下段に掲載しました。私も発起人に参加しています。2015.6.13記  

 最近出た本を2冊紹介します。Fight for Justice のウェブサイト制作委員会が編集したブックレット第二弾『性奴隷とは何か シンポジウム全記録』(御茶ノ水書房、1200円+税)と 「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクションセンター編『日本人「慰安婦」−愛国心と人身売買』(現代書舘、2800円+税)です。前者には、私の開会のあいさつと閉会のあいさつが掲載されています。後者には、「沖縄の日本軍慰安所」を執筆しています。

   

以下、インタビュー記事を掲載します。

        「今月のひと 林博史さん『神奈川革新懇ニュース』No.173. 2015.4
人を大切にすること人権を重視することが、未来への希望

 慰安婦問題は人権の問題である
 慰安婦の問題は、日本が各国からの注目を集めている焦点である。安倍首相は「軍による強制連行」の有無のみを問題にして、「軍による強制連行」の証拠となる文書が存在しないとしているが、河野談話発表時には発見されなかった証拠文書が、その後529点見つかっている。この中に法務省が保管していた文書も含まれている。河野談話発表時には隠蔽されていたわけであり、許しがたい。しかも安倍首相は未だに認めていない。
 しかし国際的には、慰安婦問題は、いかなる方法であれ女性を連行し、拘束して性的相手を強制すること自体が人権問題として問題視されている。戦争をする兵士のためにと言って、当たり前のように女性をあてがおうとすることが、女性の人権を著しく傷つけているのである。

戦後70年の今、戦争被害者に対し向き合う最後のチャンス
 安倍首相は、戦後70年の談話を準備している。内容についてはさまざまな批判などもありどのようになるかわからないが、安倍首相は、1930年代を日本の「栄光の時代」と考え、中国をはじめアジア太平洋地域への戦争が侵略戦争とされたことも、戦後の平和憲法体制もすべて否定したいと考えている。
 しかしこのような考えは、従来の保守本流とも異なるものである。戦後の自民党にはそれなりの良識があり、河野談話のように、慰安婦問題でも「軍の意向に逆らえない社会状況にあった」として戦争への反省をそれなりに示していた。だからそうした保守層を含む幅広い層と共同して安倍政権のもくろみとたたかう条件があるし、そうしなければならない。
 今年は戦後70年になる。10年後の戦後80年になれば、戦争体験者はほとんどいなくなる。今が、戦争被害者に対し向き合う最後のチャンスである。

侵略戦争もまた人権の問題である
 侵略戦争は差別の問題でもある。相手の国に独自の権利があることを認めない、相手を見下す差別の思想が背景にある。このことを見ないと戦争の反省・総括にならない。このことは現在の人権問題と関係している。
 日本では戦後、人権意識が定着していたかというと必ずしもそうでもない。日本人の人権に対する意識が低いことは、企業の中では利益のためには「人権無視」がまかり通っていることにもみられる。特に女性の地位が低く、女性差別が放置されている。このような人権意識の低さが、安倍政権を受け入れる要因となっている。
 たとえばアメリカでは人種差別などが無くなっていないが、問題になったときには保守的な政治家でも差別に対してきちんと批判する。しかし日本の保守政治家にはそれがない。バランス感覚のある保守がいなくなった。自民党は既に保守ではなく「極右」政党になっている。

将来への希望を、ワンフレーズで語ろう
 今、若い人々にとって住みにくい世の中になっている。格差が拡大し固定化している。今のままでは、将来に希望を持てないと思いがある。
 このような状況の中で、安倍内閣の施策に「・・反対」、「○○を守れ」という言葉で批判しても好感をもたれない。青年層をはじめ、不安定で先の見えない状況にある人から見れば、「今と同じ」では良くならないので、魅力が感じられないからだ。
 安倍内閣は、巧妙にも「変える」提案をし、「これしか道はない」と思い込ませようとしている。これに対する具体的な対案は出されているが、青年層をはじめ多くの人々には浸透していない。「こうすればよくなる」、「こうしよう」とわかりやすく、明るい未来を示すことができるフレーズを広めて安倍政権に対抗する必要があると思う。2015.4.16記

  2015年1月22日に朝日新聞社に対しておこなった申入書を掲載します。2015.1.25記

 『裁かれた戦争犯罪―イギリスの対日戦犯裁判』(岩波書店、1998年)が、岩波人文書セレクションの一つとして復刊されたましたが、そのなかに書いた「岩波人文書セレクション版に寄せて」と題した解説を掲載します。初版刊行後のBC級戦犯裁判についての研究状況を整理しています。また正誤訂正もありますので、すでにお持ちの方はご参照いただければ幸いです。
 また2015年1月に 、林博史編『地域のなかの軍隊6九州・沖縄 大陸・南方膨張の拠点』(吉川弘文館、2015年)を刊行しました。そのなかで、私はこの巻全体の解説にあたる「九州・沖縄に配備された軍隊 プロローグ」と「日本軍と沖縄社会」の二つを書いています。
 後者の論文について、誤りが2か所ありましたので、ここに訂正するとともにお詫びします。 →「日本軍と沖縄社会」の正誤訂正    
2015.1.20記

 最近出した本を紹介します。第1に、単著の『暴力と差別としての米軍基地』(かもがわ出版、1700円+税)です。これは米軍基地に関する著作としては2冊目です。第2に、Fight for Justice のウェブサイト制作委員会が編集した『「慰安婦」・強制・性奴隷 あなたの疑問に答えます』(御茶ノ水書房、1200円+税)です。サイトに掲載しているものに書き下ろしを加えたものです。私も責任編集に加わっています。第3に、単著の『裁かれた戦争犯罪―イギリスの対日戦犯裁判』(岩波書店、2600円+税)です。1998年に刊行したものの復刊ですが、正誤訂正と、その後の研究状況についての解説を加えています。正誤訂正箇所は近日中にこのウェブサイトにも掲載するつもりです。第4に、矢嶋道文編集責任『互恵と国際交流』(クロスカルチャー出版、4500円+税)に収録された「日本軍「慰安婦」問題に取り組むアジア市民の交流と連帯」という論文です。  2014.10.30記

 

 先日、10月9日、「朝日新聞の慰安婦報道について検証する第三者委員会」についての研究者・弁護士の要望書 を朝日新聞に提出し、記者会見をおこないました。たまたま私が呼びかけ人の一人になった関係で、ここに提出した要望書を掲載します。緊急の呼びかけにもかかわらず200人を超える方から賛同をいただき、ありがとうございました。研究者や弁護士のみなさんの危機感の強さが現れていると感じています。→要望書(pdf)     2014.10.11記

  「祖父の証言ー戦争と慰安婦」というブログがあり、そこで、旧満州にいたおじいさんの証言が掲載されています。http://testimony-of-grandfather.webnode.jp/
 94歳の方の証言ですが、お孫さんが聞き取りをして、丁寧にまとめています。この方は誠実に歴史と向き合おうとしている姿勢がうかがわれる方で、ぜひ多くの方々にも呼んでいただきたい証言と思います。こうした新しい証言が出てくるのは貴重です。
2014.10.6記

 朝日新聞は8月5日と6日に「慰安婦問題 どう伝えたか 読者の疑問に答えます」という報道の点検記事を掲載しました。「吉田清治氏が済州島で慰安婦を強制連行したとする証言は虚偽だと判断し、記事を取り消します」としました。
 ところがこれに対して、自民党など極右勢力だけでなく、読売新聞や産経新聞、毎日新聞などの全国紙やテレビ、多くの週刊誌・月刊誌などが、吉田証言がウソだから、強制連行はなかったのだ、慰安婦問題は朝日による捏造で国家の名誉を汚したのだとウソにウソを塗り固める屁理屈で、慰安婦問題そのものが捏造だという異常なまでのキャンペーンをおこなっています。権力をかさにきた安倍政権の強圧的な姿勢も、自由民主主義の破壊者という姿を示しています。

 そもそも吉田清治氏の『私の戦争犯罪』が出版されたのは1983年で、特に社会問題にはなりませんでした。慰安婦問題が国内外で大きな問題になるのは、1991年に元慰安婦だった女性たちが名乗り出たこと、それを受けて1992年1月に吉見義明氏が一連の日本軍文書を発表したからでした。

 吉田清治証言については、1992年以降、研究が本格化してから、研究者の論文や著作では、資料としては利用してきませんでした。つまり慰安婦研究は、吉田証言とはまったく関係なく、多くの文書や証言などに基づいて進められてきました。今年6月にアジア連帯会議が東京で開催され、そこで、河野談話発表以降に見つけられた500点以上の慰安婦関係の公文書を提出しました。河野談話までにも多くの文書が見つかっています。
 ところが、この間のメディアの中で、こうした調査研究の積み重ねをきちんと報道したものはほとんどありません。あたかも1992-3年で調査研究は止まっており、何も文書はないのだといわんばかりです。ほかにも元日本軍将兵の戦記・回想記も、日本の戦争責任資料センターによって、1000点を超える証言が収集、紹介されています。これだけの膨大な文書、証言をまったく無視するのは、巨大なウソと言ってもいいでしょう。
 河野談話を作成するにあたっても日本政府は吉田証言を採用しませんでした。ですから、今回の朝日の点検記事を根拠に、河野談話の見直しを主張するというのは、あまりにも明白なウソそのものと言えるでしょう。そうした捏造に捏造を重ねたキャンペーンをおこなっている政治家やメディアは、朝日新聞どころか、はるかに悪質なデマゴーグでしょう。
 この間のメディアの状況は、戦時中の翼賛体制と同じようですが、自ら権力に迎合して、ウソを振りまいているという点では戦時中よりも悪質でしょう。
 こうした人間性を失い、人間性を抑圧する権力とそれに迎合する多数のメディアに対して、徹底してたたかわなければならない、それが人間性の証明だと思います。
  2014.9.18記

 

 原子力規制委員会は2014年7月16日、川内原発の再稼動を認める決定をおこないました。原子力ムラの仲間内で、その利権にまみれた人々が何の反省もなくおこなった決定で、問題点は多々ありますが、その一つは、住民の避難計画が「審査」の対象外となっていることです。つまり住民の生命安全を守ることは関係ないという態度です。このことで思い起こしたことがあります。以前に書いた論文から引用します。

 九州の薩摩半島の防衛を担当していた第40軍は,194573日に陽作命第9号を示し,その中の「住民関係事項」において「住民処理ハ『住民ハ軍卜共二一身ヲ捧ゲテ国土防衛ニ任スル』ヲ第一義トシテ行動シ軍作戦行動ヲ妨碍スル者ノミ戦場近傍安全地帯二移ス如ク指導ス」とし,「註其ノ一」として「『避難』ナル観念ヲ去リテ軍ノ手足(ママ)纏トナル者ノミ邪魔ニナラヌ地域ニヨケシムルノ主義ヲトル」としている。
 住民の避難については九州の防衛を担当していた第
16方面軍稲田正純参謀長の回想によると「二十年五月ころまでは,戦場の住民は霧島一五家荘(八代東方三○粁の山中)地域に事前に疎開するよう計画されていたが(軍の指示で各県が計画),施設,糧食,輸送等を検討すると全く実行不可能であって,六月に全面的に疎開計画を廃止し,最後まで軍隊と共に戦場にとどまり,弾丸が飛んでくれば一時戦場内で退避することにした」という。つまり疎開は断念し,国民は戦場に放置され「作戦軍はこれらの国民を懐に抱いて決戦を遂行」しようとしたのである。これは九州だけでなく本土各地にも共通する問題であった。だから結局は第40軍のように邪魔者は去れ,と言うしかなかったのである。 →論文全文はこちら

 つまり住民の避難など不可能だから、戦場に放置するので、住民は勝手に逃げろ、というものです。この戦時中の日本軍の発想と、今回の原発再稼動の発想は、全然変っていないのではないでしょうか。戦中の日本を「栄光の時代」と称える安倍政権ですから、頭の中が変っていないのは当然でしょうが、こんなものがいまだにまかり通っている日本の異常さは徹底的に批判、克服されなければならないでしょう。「集団的自衛権」、オスプレイ、原発再稼動……、これほどまでに乱暴に人々の人権も生命安全も踏みにじる権力を許してはならないと思うのですが。 2014.7.17記

 新聞に掲載された記事を2点、紹介しました。一つは、「神奈川新聞」に掲載されたインタビュー記事です。もう一つは、「沖縄タイムス」に掲載された宮古島の慰安所についての軍史料の報道です。この間、慰安婦問題で忙殺され、原稿もたくさん書いているのですが、原稿を出したけれど、まだ刊行されていないものが10本ほどあります。次の本の原稿もようやく書き上げましたが、その内容は刊行直前にお知らせします。 2014.6.17記



旧軍文書に「慰安所」宮古島での存在裏付け(沖縄タイムス 2014.5.21)

 【東京】沖縄戦時、宮古島に慰安所があり、日本軍兵士が通っていたことを裏付ける旧日本軍の文書が見つかった。これまで宮古島の慰安所の存在については住民の証言はあったが、軍の文書で裏付けられるのは初めて。関東学院大の林博史教授と佐治暁人講師が厚生労働省から情報公開請求で入手した。飢えで苦しむ宮古島で、兵士が軍の食料を住民に売って慰安所へ通った実態が記されており、林教授は「住民を守らない軍の姿が鮮明に表れている」と指摘する。 

 資料は厚労省所蔵の、1945年11月20日付の軍法会議判決を記した書類で、提出した第28師団司令部と受け取った法務局の印が押された公文書。 
 文書には、当時宮古島に駐留していた第28師団の衛生上等兵が軍の食料などを横流しして住民に売却、得た金を使い慰安所で「遊興浪費」したとして、懲役1年の刑に処したことと、その判決理由が記されている。 

 それによると、被告人の衛生兵は宮古島陸軍病院で炊事勤務に従事。45年8月中旬には軍から馬肉約40キロを預かって病院へ戻る途中、民家で2斤(約1・2キロ)を20円で売却し、慰安所へ行った−などと複数回の犯行が記されている。 

 旧日本軍が中国などアジア各地に設置した慰安所は終戦後、閉鎖されたとされているが、発見された文書には〈10月2日に(砂糖菓子の)金花糖60キロを受け取り、翌3日にうち2キロを20円で売却し、慰安所で遊興した〉とあり、宮古島では10月上旬まで慰安所が残っていたことも分かった。林教授によると戦後も慰安所が継続していたことを示す文書が見つかったのは初めてだという。 

 宮古島には沖縄戦当時、陸海軍合わせて約3万人が駐留していた。住民は戦中から戦後にかけ、ソテツを食べて一家が中毒死するなど飢えに苦しんだが、軍は終戦後も食料を住民に渡さず、一部の兵士は売り渡して慰安所に通っていた。林教授は「この資料には軍隊が住民を守らないことが明確に記されている。日本軍の特徴そのものだ」と指摘する。 
 沖縄戦時、宮古島には少なくとも17カ所の慰安所があり、ほとんどが朝鮮半島から連れてこられた女性だったことが、研究者らの調査で分かっている。
                                 

河野談話の維持・発展を求める学者の共同声明

この間、いわゆる日本軍「慰安婦」問題に関する1993年の「河野談話」を見直そうという動きが起きています。「河野談話」は「慰安婦」問題は日本軍の関与の下に多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけたものであることを認め、同じ過ちをけっして繰り返さないという日本政府の決意を示したものであり、これまで20年余にわたって継承されてきました。

「河野談話」が出されてからも、学者や市民の努力によって数多くの新たな資料が発見され、多数の被害者からの聞き取りも行われて、研究が深められてきました。「慰安婦」の募集には強制的なものがあったこと、慰安所で女性は逃げ出すことができない状態で繰り返し性行為を強要されていたケースが多いこと、日本軍による多様な形態の性暴力被害がアジア太平洋の各地で広範に発生していること、当時の日本軍や政府はこれらを真剣に取り締まらなかったこと、など多くの女性への深刻な人権侵害であったことが明らかになってきています。こうした日本軍による性暴力被害のなかには、日本の裁判所によって事実認定されているものも少なくありません。

被害者の女性は、戦争を生き延びたとしても、戦後も心身の傷と社会的偏見の中で、大変過酷な人生を歩まざるを得なかった方がほとんどです。
「河野談話」で示された精神を具現化し、高齢となっている被害女性の名誉と尊厳を回復することは、韓国や中国はもとより、普遍的な人権の保障を共通の価値とする欧米やアジア等の諸国との友好的な関係を維持発展させるためにも必須だといえます。
  私たちは、「河野談話」とその後の研究の中で明らかになった成果を尊重し、日本政府が「河野談話」を今後も継承し、日本の政府と社会はその精神をさらに発展させていくべきであると考え、ここに声明を発表します。

 201438
呼びかけ人(アイウエオ順)

阿部浩己
(神奈川大学教授・国際法)
荒井信一(茨城大学名誉教授・歴史学)
伊藤公雄(京都大学教授・社会学)
石田米子(岡山大学名誉教授・歴史学)
上野千鶴子(立命館大学特別招聘教授・社会学)

内海愛子(恵泉女学園大学名誉教授・日本
-アジア関係論)
岡野八代(同志社大学教員・西洋政治思想史)

小浜正子(日本大学教授・歴史学)
小森陽一(東京大学教授・日本近代文学)
坂本義和(東京大学名誉教授・国際政治、平和研究)

高橋哲哉(東京大学教授・哲学)

中野敏男(東京外国語大学教授・社会理論・社会思想)
林 博史(関東学院大学教授・平和学)
吉見義明(中央大学・日本現代史)
和田春樹(東京大学名誉教授・歴史学)  

 事務局:林 博史 小浜 正子    

この署名を始めました。研究者のみなさん、賛同署名はこちらからお願いします。→署名サイトへ     2014.3.8記  *署名は終了しました。

 神奈川新聞のインタビュー記事を紹介します。2014.2.24記    

ヒトラーが、政権を取る前後からひどい暴力と差別を公然とおこなっていたにもかかわらず、なぜ彼がドイツ国民の支持を得て権力を維持強化できたのか、ということの大きな理由は、経済が上向きだったからというドイツ研究者の説明を聞きました。その話をききながら、日本のことを言われているように身に沁みて寒気がしました。考えれば、日本が侵略と軍国主義に突き進んでいった1930年代は、経済が上向きの時代でした(世界恐慌からの回復過程だったので当然であったわけですが)。
 「固有の領土」などという虚言を政府が公言し、教科書に無理やり書かせようとしています。そしてNHKは“公共放送”ではなく“国営放送”であることを当然視しています。大阪市長やNHK会長のような人物をも公職追放できない日本の体たらく……。
 日本・中国・韓国の三国の研究者・教育者・市民が集まって2013年5月に開催されたフォーラムでの報告「領土問題と歴史認識」を掲載します。「固有の領土」などという妄言・虚言を許さないためにも。 
2014.1.28記

  

    2013年を送り、2014年を迎えるにあたってのごあいさつ

 2013年は日本社会の良心が麻痺し(まだ残っていたとすれば、の話ですが)、方向感覚も良識も失った一年でした。2014年はこれほどひどい年にはなりようがないと考えるのか、まだまだ落ちていくだけなのか、よくわかりませんが、一人ひとりが地道に努力しつづけるしかないでしょう。明けない夜はないと信じて。ただ明ける前に奈落に落ちないようにしなければ……。
 みなさんにもよい年が来るように。   
2013.12.31記
 

世紀の悪法である「特定秘密保護法」案を廃案に追い込みましょう。次の声明に私も賛同します。2013.11.16記

特定秘密保護法案に対する歴史学関係者の緊急声明

 去る10月25日、政府は、特定秘密保護法案(以下、「法案」という。)を閣議決定した。このたび閣議決定された法案には下記のように多くの問題点が含まれており、十分な審議を尽くすことなく、今回の法案の採択を急ぐことには、歴史学の研究と教育に携わるものとして、重大な危惧の念を表明せざるを得ない。
 1.「特定秘密」に指定された文書が、各機関での保管期限満了後に国立公文書館などに移管されて公開されることが担保されておらず、歴史の真実を探求する歴史学研究が妨げられる恐れが強いこと。
 2.「特定秘密」の指定が行政機関の長のみの判断で可能であり、また一度特定秘密指定をされれば、指定が解除されない限りその妥当性は誰も監視できないため、恣意的に濫用される可能性が高いこと(第3条)。
 3.歴史学研究者の史料調査において、「特定秘密文書」を史料として入手した際に、「特定秘密を保有する者の管理を害する行為」とされ、刑事処罰の対象にされる恐れがあること(第23、24条)。
 4.知る権利に関連し「報道または取材の自由」への配慮が記されたとはいえ、「学問の自由」を含む全ての人々の基本的人権の不当な侵害への配慮がされているわけではないこと(第21条)。

 2011年に施行された公文書管理法によって、行政文書や特定歴史公文書等の取扱いのルールが明確にされたにもかかわらず、今回の法案は各行 政機関の長が恣意的に「特定秘密」の指定を行えるなど、公文書管理法の基本的な精神に反するものになっている。この法案が成立すれば、歴史的に重要な文書が行政機関によって恣意的に選別される可能性が高く、歴史学の研究と教育に多大の障害をもたらすことが懸念される。よって、特定秘密保護法が制定されるこ とに対し、我々は強く反対する。

2013年10月30日

歴史学研究会委員長 久保亨
日本史研究会代表委員 藤井譲治
歴史科学協議会代表理事 糟谷憲一
歴史科学協議会代表理事 塚田孝
歴史教育者協議会代表理事 山田朗
同時代史学会代表 吉田裕
東京歴史科学研究会代表 中嶋久人
日本の戦争責任資料センター共同代表 荒井信一
国立歴史民俗博物館・前館長 宮地正人 

みなさんへお勧めしたい本を紹介します。 
 
  この本、竹内章郎・藤谷秀『哲学する〈父〉たちの語らい ダウン症・自閉症の〈娘〉との暮らし』(生活思想社)は、ダウン症と自閉症の娘さんをもたれている二人の哲学研究者の対話です。藤谷君は私の大学時代の同級生で、大学に入って最初に知り合った友人です。イラストの彼の姿はそっくりそのままで学生時代から変らないですね。竹内さんは大学院時代の先輩にあたり、あまり個人的に話したことはなかったのですが、娘さんが障がいを持っており、そこから人の能力や障がい、平等という問題に取り組むようになったことは知っていました。共に哲学を研究する二人が、それぞれの娘さんの誕生からの歩みを振り返りながら語る文を、その一言一言を噛みしめながら読みました。これほど一つ一つの文の重みを感じながら丁寧に読んだ本は久しくなかったように思います。私も娘と息子がいますが、これほどまでに深く触れあい、人間というものを考えたことはなかったと思います。自分自身の人間の捉え方の浅さ、薄さをズキンズキンと感じながら読みました。障がいを持つ子どものいる親の方というよりは、そうではない親や、まだ子どものいない方々(青年を含めて)にこそ読んでもらいたい本だと思います。何でもコストや効率でしか考えられない、砂漠のような社会にあってこそ、多くの人に読んでもらいたいですね。
 この間、ともかく忙しくて、このホームページを更新する余裕がありませんでした。いまの大学は、文科省の圧力の下で、ともかく研究をさせないようにしているとしか思えないような状況で、日本の大学は「(自由で批判的な)学問の府」としては圧殺されつつあります。それに抵抗しきれない状況も。1930年代にどんどん自由が制限され絞め殺されていった状況も、こういうものだったのだろうかと思えるこのごろです。 
2013.10.24記

 

 

最近、刊行された写真集を紹介します。
 『【山本宗補写真集】戦後はまだ… 刻まれた加害と被害の記憶』(彩流社、2013年8月刊、4700円+税)です。私も短い解説を書いています。この写真集の解説の執筆を依頼されたときに、ここに掲載予定の写真を見せてもらいました。その写真の迫力は圧倒的でした。当たり前のことではあるのですが、写真家というのは、一枚の写真を通して、その人の表面にとどまらず、その人の内面と歴史(人生)をも浮かび上がらせるということを強烈に感じました。土門拳が私の好きな写真家ですが、20数年前に初めて土門拳記念館を訪問したときの強烈な印象を思い起こしました(昨年、久しぶりに再訪しました)。この写真集はA4版で、一人ひとりの写真がA4の大きさで掲載されています。
 私は解説を次のような言葉で締めくくりました。多くの方々に見ていただきたい写真集です。
2013.8.4記

山本宗補さんがインタビューをおこない写真を撮影してきた方々を、本書のような形でまとめて見てみると、ここで述べてきたような加害と被害の重層構造が浮かび上がってくる。一人ひとりの写真には、その人の戦争体験だけでなく戦後六〇年以上の歴史が伝わってくるものがある。日本がおこなった侵略戦争の加害と被害の重層構造と、その深さと広さ、深刻さを、人間という存在の深いところで理解し感じ取っているフォトジャーナリストだからこそ生み出すことができた写真集だと思う。」
         →私の書いた解説全文はこちら

      

 

 本日、8月1日、日本軍「慰安婦」問題サイト<Fight for Justice——日本軍「慰安婦」—忘却への抵抗・ 未来の責任> をオープンしました。これは、私も参加している日本の戦争責任資料センターが、戦争と女性への暴力」リサーチ・アクションセンター(VAWW RAC)と共同で、<日本軍「慰安婦」問題webサイト制作委員会>を立ち上げ、準備してきたものです。ぜひご覧ください。 →Fight for Justice    2013.8.1記

 

  『沖縄タイムス』に書いた小論をここに掲載します。

橋下氏発言に潜むもの(1)     『沖縄タイムス』2013.5.31 

大きなウソをくりかえし大声で叫び続けると、それを信じたり惑わされる人びとが出てくる。橋下大阪市長や、安倍首相を支える極右政治家たちの発言はでたらめだといって放置できない。これほどのウソと人権蹂躙をくりかえしても公職を失うどころか、そのウソを垂れ流す日本のメディアと社会の頽廃は深刻である。  

日本軍「慰安婦」制度というのは、当時の国際法・刑法違反の犯罪だと認識しながら、日本軍だけでなく警察や内務省、外務省なども含めた国家ぐるみでおこなった犯罪だった。連行時の「暴力」だけに問題を絞る橋下氏らの言い方はごまかしでしかない。

戦場で経済が破壊される中で、食糧など物資を持っている軍隊の周りに女性が集まり、性売買がおこなわれるというのは、残念ながら少なくない。軍医がそうした女性の性病検査を行うこともあった。しかし、そのことと「慰安婦」制度とは根本的に異なる。  

 日本軍「慰安婦」制度においては、「慰安所」設置の計画立案、ブローカー(業者)の選定・依頼・資金あっせん、女性集めと輸送、「慰安所」の管理、建物・資材・物資の提供など、全面的に軍が管理運営していた。これほどの国家による組織的系統的な性奴隷制度はナチスドイツを除くとほかには例をみない。ほかの国にもあったと言うのならば、その証拠を出すべきだろう。自分が言うときには文書の証拠を示さないのはフェアではない。  

 日本軍「慰安婦」は公娼、つまり公認された売春婦だ、当時は売春は当たり前だったという言い方がされる。しかし沖縄県会は一九三〇年に「公娼制度は人道上黙許すべからざる悪制度」だと速やかにその廃止を求める意見書を全会一致で採択していた。鹿児島県会で一九三七年に採択された建議書では「公娼制度は人身売買と自由拘束の二大罪悪を内容とする事実上の奴隷制度なり」と厳しく批判している。こうした決議は戦前において二二の県会で挙がり、公娼制を廃止した県を含めると計二九県が公娼制否認へと動いていた。公娼制を「事実上の奴隷制度」と断罪した戦前の男だけの県会議員たちの方が、いまの政治家たちよりよほどまともだった。それほど今の日本の政治家は質が落ちてしまった。彼らを放置している国民もそうだが。

さらに橋下氏は米軍に風俗を利用するように提案した。風俗をあてがっていれば男はおとなしくなるものだという彼の人間観を示している。これは女性を蔑視するだけでなく男性を侮蔑するもので、男性たちも怒らなければならない。  

ところで慰安所を設置したから性犯罪は減ったのだろうか。日中戦争が始まり慰安所を各地に設置していってから三年がたった一九四〇年一一月にまとめた大本営陸軍部の報告書では、上官暴行などとともに「掠奪、強姦、障害等」が「多発」していると嘆いている。沖縄でも日本軍は当初から慰安所を多数設置したが、日本軍文書でも「本島に於ても強姦罪多くなりあり」「性的犯行の発生に鑑み各部隊此種犯行は厳に取締られ度」などの警告をくりかえしていた。慰安所はかえって性的欲望を歪め肥大化させてしまうこと、慰安所と性犯罪は並存していることはこれまでの研究でも指摘されてきている。  

 米軍に性犯罪を含め犯罪が多いのは、いつでも戦争を仕掛ける軍隊であることと不可分である。人の命を尊重する市民社会の常識を覆し、平気で人を殺せる殺人マシーンに改造する訓練をおこなっている。「殺せ、殺せ、砂漠のニガーを殺せ」「女を殺せ、子どもを殺せ、殺せ、殺せ、全員殺せ」というような掛け声が新兵の訓練でくりかえされ、そのなかで女性を侮蔑するような言い方がしばしばなされる。こうした軍のあり方が軍隊内外における性暴力を深刻化させている。侵略軍であることが犯罪を多発させる体質を作り出している点でかつての日本軍と共通している。先の日本陸軍の報告の中で、現地の住民に対する「優越感」が犯罪の理由の一つとして挙げられている点は今の米軍にも共通するだろう。もし自らの郷土を守る戦いであれば規律も維持され、慰安所も風俗もいらないだろう。沖縄は日本軍にとって守るべき「郷土」ではなかったし、今でもそうであろう。元「慰安婦」の女性たちを侮蔑する人物は公職につく資格はない。かれらの居直りを許さないのは、人権を擁護すべき日本国民の義務である。 2013.6.7記

 

 最近、新聞に出したコメント2点を掲載します。新聞の世論調査では7割の人が問題としていますが、約2割が橋下発言を支持していること自体が日本人の精神の荒廃と頽廃を示すもので驚きです。いまの日本の状況を考えれば不思議ではないのですが。それにしてもテレビ、新聞はひどすぎますね。朝日新聞の変節ぶりはあきれるばかりです(前からそうだという指摘をうけそうですが)。資料に基づいて実証的に研究している人は出さないで……。



橋下氏「慰安婦」暴言/「他の国も同じ」は通用しない

日独のみが突出   
 第2次世界大戦で軍が組織的にこうした制度をつくっていたのは、日本とナチス・ドイツだけです。
 橋下氏の論理は、以前から右翼が使っている論理ですが、「『慰安婦』は売春婦と同じだ」というものです。このようなすりかえをすることによって、石原慎太郎氏(もう一人の共同代表)が「軍と売春はつきもの」だと述べたように、ほかの国の軍隊と同じだという言い訳ができるようになります。
 戦争状態になって経済が破壊されて食べ物もない状況の中で、食糧など物資をたくさん持っているのは軍隊ですから、なんとか生きていくために軍隊の周りに女性が集まり、性売買がおこなわれるというのは、残念ながらいろんな戦場で起きることです。軍医がそこで女性の性病検査を行うこともありました。しかし、そのことと「慰安婦」制度とは質的に違います。

軍が組織的管理
 日本軍「慰安婦」制度の場合、「慰安所」設置の計画立案、ブローカー(業者)の選定・依頼・資金あっせん、女性集め、女性の輸送、「慰安所」の管理、建物・資材・物資の提供など、全面的に軍が管理運営しました。日本軍は兵員数から必要な女性の人数を計算して計画し、軍の輸送手段で海外に連行しました。ここまで組織的・系統的に軍の管理下に置かれたケースはナチス・ドイツを除くと他の国ではまずありません。
 ドイツでも国防軍やナチスのSS(親衛隊)がそうした「慰安婦」制度をつくっており、この2カ国が突出していたと言えます。
 さらに日本軍の場合は、軍自らが女性集めをおこなったこともしばしばありましたし、中国や東南アジアなどでは暴力的に拉致してくることもありました。これは被害者の証言だけでなく日本兵の証言もたくさんあります。
 米軍の場合はどうでしょうか。橋下氏は沖縄の司令官に米兵の風俗業利用を提案し拒否されました。国防総省も否定したように、米軍は公式に売春を認めていません。第2次大戦中も米軍はそうした建前をとっていました。末端では建前と違う実態もありましたが、売春宿の利用が本国に知られればオフリミッツ(立入禁止)の措置が取られました。公然と「慰安所」を管理運営していた日本軍とは違います。
 朝鮮戦争のことを橋下氏は持ち出していますが、韓国軍も確かに同じような「慰安婦」制度を作りました。しかし当時の韓国軍の幹部の多くは旧日本軍の一員でした。つまりそのルーツは日本軍の「慰安婦」制度だったのです。
 日本軍「慰安婦」制度と同じことをやった国が他にもあるというのであれば、逆にその証拠を出すべきでしょう。 (『「しんぶん赤旗』2013.5.17)

 日本軍「慰安婦」制度というのは、国際法・刑法違反の犯罪だと認識しながら、日本軍だけでなく警察や内務省、外務省なども含めた国家ぐるみの犯罪で、これほどの国家による組織的系統的な性奴隷制度はナチスドイツを除くとほかには例をみません。「強姦予防」の名の下に「慰安婦」制度がつくられたのは日本独自のものでした。
 国際社会には、戦後、日本軍『慰安婦』問題をきちんと裁かなかったことが、今日の戦時性暴力の横行を招いたという反省があります。だからこそ、00年の国連安保理決議では、すべての国に対し、「性的その他の女性・少女に対する暴力を含む戦争犯罪の責任者への不処罰を断ち切り、訴追する責任がある」としました。現代の問題を解決するためにも、組織的大規模な性暴力である日本軍『慰安婦』制度の事実を認め、償いをすることこそが大切です。
 今回の橋下発言は、「慰安婦」問題をと風俗と同列に置いたこと自体にも問題がありますが、同時に、風俗をあてがっていれば男はおとなしくするものだという、彼の人間観を明らかにしたもので、女性だけでなく男性に対する侮辱でもあります。
 
このような発言をする人間は公職につく資格はなく、日本の恥です。即刻辞任すべきだと思います。(『大阪民主新報』2013.5.19) 2013.5.21記

 

            最新刊のブックレットのお知らせ
 かもがわ出版より、3人で次のようなブックレットを出しました(定価900円+税)。この「安倍新政権の論点」シリーズの他のものと合わせて、ぜひご覧ください。
2013.4.9記

  

 2013年に入って、早3ヶ月がすぎようとしています。今年入ってから、沖縄、韓国、沖縄、スペインと忙しい日々が続いています。さらに安倍政権ができたおかげで、忙しくなりました。     
 スペインへは、オビエド大学やビルバオ労働者文化協会などと合同で、現地調査や研究会、講演会などをおこなってきました。スペイン北西部のアストリアス地方という、観光ではまず行くことのない地域や、バスク地方のゲルニカやドランゴというともにスペイン内戦の際に空襲を受けた町を訪ねてきました。スペインにおける「過去の克服」の動向が興味深かったです。フランコによる反乱をきっかけとするスペイン内戦と、その後のフランコ支配下の、残虐行為、人権弾圧に対する「過去の克服」です。これらの地域は共和国派、すなわち反フランコ派が強かった地域ですが、だから弾圧もひどかったと言えます。
   
この二つの写真は、オビエドでフランコ派によって殺害された人びとを追悼する記念碑であり、また集団埋葬地です。殺された人たちの名前を調べ、殺された日ごとに刻銘されています。

    
左はビルバオで、フランコ派によって銃殺された壁です。犠牲者を悼むプレートがいくつもあり、近くには、このあたりで殺された人たちの名前を刻んだ記念碑がありました。右の記念碑は、ビルバオからはかなり離れていますが、精神病院のスタッフたちが虐殺された山の斜面に立っており、後ろの緑地斜面に遺体が埋められていたそうです。そうした殺害現地である「集団埋葬地mass graves」の調査がずいぶん進んでいるようです。

 
左は、これは言うまでもなくゲルニカの絵ですが、ゲルニカの町の壁にあるものです。右はゲルニカの平和博物館の建物です。

             この2枚はドランゴの町の写真です。バスク地方の町ドランゴは内戦時にイタリア軍によって空襲を受けました。左上はそのときの銃撃の痕の残る建物です。右上の通りの両側には、そうした銃撃痕がある建物がいくつも残っています。この写真をとった後方からイタリア軍の戦闘機が侵入し、前方の市街地に空襲をおこないました。


左は、ドランゴ郊外のキリスト教墓地の中にある礼拝堂で、この黒いプレートには空襲でなくなった犠牲者の名前が刻銘しています。右の絵は、ドランゴの美術館で、ドランゴ空襲にちなんだ展示がなされており、その一つです。
 オビエド大学のスタッフたちは「歴史と記憶」について研究しており、その成果が興味深かったのですが、資料や現地調査を含む事実の検証と記憶の問題を密接に関連づけながら研究をしていました。この点は日本での「記憶」の議論が、実証抜きの観念的な空論が多いのとは、対照的でした。
 スペインは経済不況でたいへんだという話ばかりを聞いていたのですが、たしかに物乞いが多く、大学の若手が職を失うなど、経済的な打撃はうかがわれるのですが、その一方、地方の小さな町でも人で賑わっており、生活をエンジョイしているスペイン人の姿と、その活気が印象的でした。日本の地方都市の衰退とわびしさと比べると、あまりの違いに圧倒されます。

 2月に前田哲男さんと我部政明さんと3人で編集して『<沖縄>基地問題を知る事典』(吉川弘文館、2400円+税)を出しました。
 なお2月に学生たちを連れて韓国に行ってきました。そのときの様子が大学のウェブサイトに掲載されていますので、ご覧ください。 
2013.3.21記
 http://keizai.kanto-gakuin.ac.jp/modules/news5/article.php?storyid=20

 

2012年を送り、2013年を迎えるにあたって

 2012年も終わろうとしています。日本社会と人びとはどうしてしまったのか……と思えるこのごろです。これほどまでにひどい人物ばかりが集まった安部内閣に、「支持」すると答える人びとは、いったい何を考えているのでしょうか。日本が少しでもまともになる可能性とその条件はいったいどこにあるのでしょうか……、いまほど見えないときはないように思います。
 石川啄木が「時代閉塞の現状」を書いてから数年後には大正デモクラシーの時代を迎えます。すべての政党や労働組合が解散させられ大政翼賛会が結成されてから数年後には戦後民主化の時代を迎えます。絶望の時代と思っていても、新しい希望がわく時代がやってきます。冬の後には春が来ると信じるしかないのかもしれません。その春が来るためには、冬の間にしっかりと養分を蓄えておかなければなりません。2013年はそうした、来るべき時期に備えた、自己研鑽の年にするべきなのかもしれません。しかし現実の政治の動きは、そうも言っていられないので、米軍基地問題でも日本軍「慰安婦」問題でも、その他さまざまな分野においても、人間の良心も良識も人間性もない勢力とのたたかいは避けられないでしょう。
 みなさんにとって、2013年がよい年になることを期待しています。 
2012.12.29記

 

ロンドン・オリンピックがまもなく終わろうとしています。それにしてもこれほどまでにメダルメダルと騒ぎたて、ナショナリズムを煽り立てるテレビをはじめとするメディアにはウンザリです。
 懸命にうまく強くなろうとして努力してきたスポーツ選手が、懸命にフェアにプレーすれば、負けても勝っても称えたいと思います。それで十分ではないでしょうか。もっとスポーツそのもののよさを味わえるような放送をしてほしいものです。
 サッカーなど日本チームを応援することが多いですが(メディアが騒ぐので、ほかのチームや選手を応援することもしばしばありますが)、君が代や日の丸などという、自由と良心を抑圧する道具になりさがっている小道具がやたらと振り回されるのは不愉快を通り越してしまいます。スポーツにイデオロギーを持ち込まずに、素直にスポーツのすばらしさを楽しみたいですね。
 韓国出身のアーチェリーの早川選手が日本国籍をとって日本代表として団体で銅メダルをとりましたが、彼女に対してネット上で、両国のネット馬鹿から中傷をうけているようです。先日の新聞の投書欄で14歳の中学生が、そのような「心ない言葉で批判」するようなことに心を痛める旨の投書が載っていましたが、それが健全でまっとうな感性でしょう。また今回の韓国のサッカー・チームのフィジカルコーチとして日本人が入っているという話は楽しい話です。ホン・ミョンボ監督は、選手時代は大好きな選手(日本にとっては強力なライバルでしたが)でした。
 小さな島をめぐって、馬鹿なけんかをしている、阿呆でおろかな者どもを笑い飛ばすようなオリンピックとオリンピック中継にしてほしいものですね。
 この夏もこれからアメリカに調査で行ってきます。 
2012.8.12記

 最近、「隣る人」という映画を見ました。児童擁護施設の日常を撮ったドキュメンタリーです。上映しているのは、東京・東中野の“ポレポレ東中野”という映画館だけですが、6月末まで上映していますので、ぜひ一度、ご覧ください。
 映画の感想をうまく表現できないのですが、心が干からびている人々が跋扈する日本社会のなかで、哀しさとつらさと、愛と温かさに満ちた人と人のつながりが…………。
 この映画のチラシには、何人もの推薦文あるいは感想が書かれているのですが、どれもうまく表現しきれていないように思います。人間の心の奥深くにまで入っていったものは、人にはうまく表現できないので当たり前なのかもしれません。
2012.5.26記

  2012年もはや2ヶ月がたとうとしています。ようやく今年度も終わりですが、最近の大学は春休みが非常に短くなり、あっという間に新学期が始まります。夏休みも教員にとっては正味1ヶ月ほどしかなく、研究をやらせない策謀としか思えません。
 さてこの2月にも韓国に行ってきました。「平和の碑」に一日あけて行ったのですが、服装がずいぶん違っています。12月に行ったときは、控えめに帽子やマフラーなどだったのですが、いまは顔だけ出して、寒くないように全身を毛布やジャケットでくるんでいます。像ではなく、心と血の通った少女のように思い、世話をする人たちの気持ちが伝わってきます。             

 最近の日本の状況を見ていると、特に大阪の某市長の人権蹂躙のひどさに対して、あまりにも鈍感な市民の姿を見ていると、基本的人権とか、人の尊厳、もっとひらたく言えば、一人ひとりを人間として大切にすることが、これほどまでに軽視・無視されているのか、と思います。“公務員”やある種の人々を攻撃することによって、自分たちの首を絞めているにもかかわらず、そのことを嬉々として歓迎している有様は、何と言えばいいのでしょうか。経済経営の論理ではなく、人間の論理をどのようにして強めるのか…………。2012.2.24記                    

               2011年を送り、2012年を迎えるにあたって

  この10月から年末になって、著書『米軍基地の歴史―世界ネットワークの形成と展開』(吉川弘文館、1785円)、論文「日本軍「慰安婦」研究の成果と課題」(『女性・戦争・人権』第11号、201110月、行路社、2000円+税)、インタビュー記録「戦犯裁判はいかに行われたか」(徐勝・前田朗編『文明と野蛮を超えて―わたしたちの東アジア歴史・人権・平和宣言』かもがわ出版、2011年、2800円+税)、エッセイ「原発・基地そして戦争責任」(『arc15号、レイライン発行、201110、1200円+税)、インタビュー「いま戦争責任を問いかける意味―侵略戦争の歴史と戦後基地の成り立ちをふりかえる」(『前衛』20121月)が刊行されました。
 『米軍基地の歴史』は19世紀末から1960年ごろにかけての世界的な基地ネットワークの形成と展開を追いかけたものです。比較的安い本ですので、ぜひ書店でお求めください。
 
「日本軍「慰安婦」研究の成果と課題」は、2010年6月に開催された「女性・戦争・人権」学会でのシンポジウムで話した内容を基に書き下ろしたものです。当日は30分ほどしか時間がなかったのですが、論文はかなり長くなっています。この雑誌も書店で購入できます。一読していただくと、書きたいことを書いているという印象を受けるかもしれませんが、これでもかなり削って削って、穏健になるように抑えたものです。いずれにせよ、この10年ほどの研究の成果を整理したものとして、それなりに意味はあると思っています。研究は前進しながらも、運動が停滞後退しているのが残念ですが。
 インタビュー記録
「戦犯裁判はいかに行われたか」は、主に植民地問題を扱った本に収録されたものですが、私は戦犯裁判について話しています。植民地責任について、勉強になるインタビューがたくさん掲載されており、インタビュー記録なので読みやすく、お勧めの本です。
 エッセイは、『arc』という雑誌に書いたもので、タイトルの通り、原発と米軍基地と戦争責任を関連付けて論じたものです。これも書店で購入できます。
 最後に、インタビューの内容をまとめたものが、
「いま戦争責任を問いかける意味」です。いろいろなことをあれこれしゃべった内容を編集者がうまく整理してくれました。こういう優秀な編集者がいると、こちらは大変楽ですね。
 
2011年も終わりです。民主党政権が、次々と自民党以上のひどい政策を出している中で今年も終えようとしています。つまり民主党・自民党・公明党の3党で国会の圧倒的多数を握って悪事を進めており、それを(一見)批判する勢力も(これが多くの支持を集めているのですが)、平和主義や民主主義を公然と攻撃する似非(えせ)改革派しかいないという状況です。マスメディアはますます翼賛体制化し、大事なことから国民の目をそらせることばかりしています。社会党(社民党)は自滅し、共産党は高齢者政党になりつつある。どうすれば、この状況を変えられるのか……、重く陰鬱な年末です。いまNHKの朝の連続ドラマ「カーネーション」が面白いので見ていますが、どんな困難にも、いつも前向きに生きていこうとする主人公の姿に、共鳴するところ大です。ともかく明日を信じて前向きに努力していくしかない、と。皆さん方にとっても2012年がよい年になりますように。 
2011.12.28記
 

 この12月16日と17日に韓国のソウルで、「東アジア米軍基地問題と女性の人権」ワークショップがあったので、ソウルに行ってきました。その機会に14日に建立された「平和の碑」を訪ねてきました。
 左端が正面から見たところです。連日、氷点下の寒い日が続いており、市民の手によって、毛糸の帽子やマフラー、ひざ掛け、足元にもマウラーが巻いていました。少女を思いやる、市民の気持ちがグッときました。真ん中の写真は、後ろ側から撮ったものですが、正面が日本大使館です。日本大使館、つまり日本政府と国民に向かって、穏やかな顔でじっと見ている姿が印象的です。後ろに影があり、年取った現在のハルモニたちの姿がイメージされています。十代の少女から八十、九十歳になる今とを結ぶ影です。横にあるプレートには、韓国語と英語、日本語の三か国語で、「1992年1月8日、日本軍「慰安婦」問題解決のための水曜デモが、ここ日本大使館前ではじまった。2011年12月14日、1000回を迎えるにあたり、その崇高な精神と歴史を引き継ぐため、ここに平和の碑を建立する。」と書かれています。


 私もハルモニたちや韓国、日本の市民たちと一緒に何度もこの水曜集会に参加しましたがーその多くは冬の寒い日でしたー、この「平和の碑」の少女の穏やかな顔を見ていると、自らの恥ずべき犯罪を直視せずに逃げ回っている愚かで人間性の欠如した日本人と日本政府に対して、あなた方が人間性を取り戻し、日韓の市民が真の友人になる日まで、けっしてあきらめずに静かに、人間へのやさしさと信頼を持って、たたかい続けようとする、強く豊かな人間性を感じます。こうした碑を建てる韓国の市民たちの成熟さに比べて、日本人の愚かさが際立ちます。
 それにしても日本政府が恥知らずなだけでなく、この碑に対するメディアのひどさには、「恥を知れ」と怒鳴りたくなります。ちょうど韓国にいたので、ネット上でニュースを見てみましたが、日本のメディアはこれほどまでに人間性の欠如した、恥知らずになっってしまったのか、悲しくなります。「朝日新聞」など良心をかなぐり捨てたかのような論調でした(「朝日」に良心を期待したこと自体が愚かだと言われても仕方がありませんが)。つい最近も、高知の市民運動家たちが、中曽根康弘元首相が海軍士官時代に自ら率先して女性を集めて日本軍慰安所を作っていたことを示す文書を見つけて、「朝日新聞」の高知総局の記者ががんばって記事にしましたが、西日本では掲載されたにもかかわらず、東京本社はその記事を抹殺しました。首都ではそんな記事は絶対に出させないという「朝日」の犯罪性が露骨に示された事件でした。
 「朝日」をはじめとするほとんどの日本のメディアは、水曜集会1000回に呼応した日本各地での取り組みを黙殺しました。
 アジア太平洋戦争開戦から70年、ますます劣化する日本社会のなかで、何ができるのか、たたかい続けるしかない……。そんな思いで、また2011年を送るしかないのでしょうか。 
2011.12.20記

  2011年12月に新著『米軍基地の歴史―世界ネットワークの形成と展開』(吉川弘文館、1785円)を刊行します。米軍についてはこれまで性暴力・性売買政策を中心にいくつか論文は書いてきましたが、本は初めてです。19世紀末から1960年ごろまでを扱った本です。   2011.12.3記

おわびと訂正

“論文のページ”に掲載していた“資料紹介 日本軍の命令・電報に見るマニラ戦”について、間違って執筆途中段階のファイルを掲載していたことに気がつきました。雑誌に掲載された最終版をpdfファイルで掲載しましたので、申し訳ありませんが、以前のものを読んだ方は、差し替えていただくようお願いします。 →こちらから   2011.8.16記

     

この夏は、カンサスのアビリーンにあるアイゼンハワー大統領図書館とワシントンの国立公文書館に行ってきました。アビリーンでは、図書館のスタッフや宿B&Bのご夫妻、アイゼンハワー財団の方々に親切にしていただき大変お世話になりました。これほど気持ちよく調査をできる環境はないと言ってもいいくらい、気持ちのよい、親切なみなさんでした。アイゼンハワー大統領図書館に調査に行こうと考えている研究者の方もおられると思いますが、仲本和彦さんの本で紹介しているときとは異なっており、その情報を知っていると大変、便利です。行こうと考えておられる方がいれば、ご連絡していただければ、いろいろくわしい情報を提供します。
 またワシントンでの滞在についてですが、定宿が使えなくて、いろいろ探して、あるアパートに泊まりました。アメリカに一定期間滞在するときは、ホテルではなく自炊できるところがいいので、自炊可能なところを探した結果です。安くてお勧めですので、少しくわしく紹介しました。ごちらをご覧ください。 
2011.9.13記

早い梅雨明けによる暑い7月から、豪雨と冷夏に変わって7月が終わろうとしています。原発をめぐる問題が迷走しているなかで、教科書問題が深刻な状況になりつつあります。原発をやめると電気代が高くなるので企業は海外に逃げるとウソぶいている産業界の幹部たちにこそ、どんな困難に直面しても日本から逃げるような”非国民”にはならずに日本のために働けという愛国心教育が必要ではないかと思います(もちろんこれは皮肉で言っているだけです)。
 7月はじめに石巻に行ってきました(言葉でうまく表現できないので一言で済ませますが)。原発関係の本もいろいろ読んでいますが、政官財学報(政官財+学界+報道界)複合体の犯罪性は際立っています。米軍基地を押し付けているのもその複合体ですし、戦争責任をとろうとしないのも同じ構造です。民主党が崩壊しつつある今日、この支配構造を突き崩す政治勢力をどうやって構築できるのか、原発問題がその突破口になりうるのか……、自由社や育鵬社の教科書を何が何でも使わせようとするアホな教育委員たちを見ていると、この国の病理(というより愚かさ)は底なしのように見えます。と嘆くだけでなく、できることをやるしかないのですが。
 最近の大学は、日本中どこもそうですが、ともかく忙しくさせて、研究できないように仕組んでいるとしか思えません。私もいろいろ役職をさせられているので、どうしてこんなくだらない文書をいくつも書かされるのか、どうして3か月ごとに進捗状況をチェックして報告しなければならないのか、研究教育に関わることで3か月ごとに何をチェックするというのでしょうか。愚痴しかでない大学の状況を見ていると、この先どうなるのでしょうか。一つの大学を超えた、強大な力が動いている中では、現場のどこかで批判をしても何も動かないという状況があります。というより批判することすら、はばかられる状況が。そうした業務を拒否して自分だけの良心を貫くという生き方もなくはないのですが(それはいろいろな負担をほかの人に押し付けて、自分だけが楽をするということにもなってしまい、回りからは、高い給料だけ取って何もやらない無責任なやつだと冷たい目で見られるだけですが)、役職についていると、拒否することもできなくなります。
 この数日、NHKで北欧スペシャルでいろいろな番組が放送されて、いくつか見ました。夏のいい季節に取材しているので、どこも美しいのですが、それにしても「豊かさ」を感じます。あくせく競争競争で追いまくられている日本にはない、「豊かさ」を。能力がない者が非正規にしかつけず低収入になるのは格差ではなく当然のことだと、物知り気に主張する者たちに、この「豊かさ」を理解させるのは絶望的でしょうね。
  昨冬よりいろいろ書いているのですが、いずれもまだ刊行されない状況で、今年後半には次々に出るはずです。英語の論文も2本書いて提出済みなのですが、これは来年になるか再来年になるか……。   
2011.7.31記

大震災から早くも3か月がたとうとしています。4月の途中ごろから、ようやく原発に対する批判をメディアも載せるようになり、世論の流れが変わりつつあります。6月11日の原発をなくそうという全国的なデモ・集会に私も参加してこようと思います。神奈川の脱原発アクションの賛同人になっていますが、その日の午後に都内で会合があるため、東京の方に参加しますが。
 この間、ようやく脱原発の本が刊行されるようになり、いろいろ読んでいますが、そのなかで人としての生き方として最も感銘を受けたのが、小出裕章さんの『放射能汚染の現実を超えて』(河出書房新社)です。これは1992年に刊行された本の再版です。そのなかから少し引用します。

「原子力に反対して活動している人たちの大きな根拠の一つに『いのちが大事』ということがある。しかし、『いのちが大事』ということだけなら、原子力を推進している人たちにしても否定しないだろう。決定的に大切なことは、『自分のいのちが大事』であるとき思うときには、『他者のいのちも大事』であることを心に刻んでおくことである。自らが蒔いた種で自らが滅びるのであれば、繰り返すことになるが、単に自業自得のことにすぎない。問題は、自らに責任のある毒を、その毒に責任のない人々に押しつけながら自分の生命を守ったとしても、そのような生命は生きるに値するかどうかということである。
 私が原子力に反対しているのは、事故で自分が被害を受けることが恐いからではない。ここで詳しく述べる誌面もないし、その必要もないと思うが、原子力とは徹底的に他者の搾取と抑圧の上になりたつものである。その姿に私は反対しているのである。」
「世界がかかえる問題に向き合って、いわれのない犠牲を他者に押しつけずにすむような社会を作り出すためにこそ、私は生命を使いたい。そして、そのような社会が作り出せたその時に、原子力は必然的に廃絶されるのである。」

私自身、大学院生のころに、堀江邦夫さんの、今日では古典的名著ともいえる『原発ジプシー』を読み、こうした原発で働く人々を犠牲にして成り立つ原発は、どんな屁理屈をつけようとも、非人道的なものであり、なくすべきだと思っていましたし、1980年代から90年代にかけていろいろ原発関係の本を読んでいました。原発はなくすべきだとずっと思っていたことは事実ですが、自分自身では、戦争責任問題や反戦平和運動の方にもっぱら参加していたこともあったとはいえ、原発問題には何もやってこなかったと言わざるを得ないと思います。このことは、現実を見る目がなかったと自己反省しなければなりません。60歳をすぎても、助教(かつての助手であり、助教授ではない)のままに据え置かれて差別されながらも、原発をなくそうと人生をかけて努力されてきた小出さんには、会わす顔がないという思いです。
 原発の問題を引き起こした構造を考えると、日本の戦争責任をとろうとしてこなかった構造と共通していることに気がつきます。日本の戦争責任の問題にひきつけて考えると、加害の問題にきちんと向き合い解決してこなかった日本人のあり方が、原発問題につながっていると改めて思います。
 他者をあげつらい、中傷することによってしか自分の存在を主張できないような、自己チュウが万延している日本社会ですが、自らの利益のために、他の人々を傷つけ踏み台にしてはならないということをくりかえし訴えなければならない、そのことに共鳴できる人がまだまだいるはずだと信じて。  
2011.6.9記

 

4月21日に「集団自決」訴訟の最高裁判決が出ました。それについて「沖縄タイムス」に書いた小文をここに掲載しておきます。 

このたび、日本軍を正当化しようとする訴訟の上告が棄却された。地裁と高裁の両判決でも「集団自決」への日本軍の関わりを認め、原告の主な主張を否定しており、当然の結論である。これによって「集団自決」が日本軍の強制であることを否定し、「皇軍」の名誉を回復しようとする一部政治勢力の企ては失敗に終わった。
「集団自決」における日本軍の強制を削除させた文部科学省の教科書検定に対して沖縄では県民ぐるみの抗議運動をおこなった。その結果、文科省は検定意見を撤回しなかったが一定の譲歩を余儀なくされた。それに続いて、沖縄戦における日本軍を美化しようとする動きに打撃を与える判決である。
 この訴訟と文科省の教科書検定は、「集団自決」についてこれまで語ろうとしてこなかった体験者に、このままでは事実が歪曲されてしまうという危機感を与え、多くの貴重な証言を生み出すきっかけとなった。またさまざまな資料の発掘調査も進んだ。
 「集団自決」が日本軍の強制によるものであることは、訴訟が提起される前からすでに明らかであったが、これらの証言や調査によってあらためて、「集団自決」は日本軍が住民を死に追いやった形態の一つであり、日本軍の駐留していた島でのみ起こされたことが確認された。日本軍は、民間人であっても捕虜になることを許さず、米軍に残虐な目に合わされると恐怖心を煽り、あらかじめ手りゅう弾を住民に配り、そしていざというときには死を選択させるように、さまざまな手段を使って住民たちを死に追いこんでいった。言い換えれば、「集団自決」は日本軍の強制と誘導によっておこされたことが誰の目にも明らかにされた。
 文科省は検定の根拠の一つとしてこの訴訟を挙げていたが、その敗訴が確定した以上、検定意見そのものを撤回すべきである。しかし今回の中学歴史教科書の検定結果を見ても、「集団自決」が日本軍の強制によるものという記述はなされていない。さらに現在、今回の訴訟を支援するグループは二つに分裂したとはいえ、それぞれが中学歴史教科書を作成し、沖縄戦の実相を隠すような教科書を中学生たちに使わせようとしている。
 今回の最高裁の判決を機にあらためて沖縄戦の真相の歪曲を許さない取組みを強める必要があるだろう。(『沖縄タイムス』2011.4.24
)  2011.5.3記

 

 東日本大震災から2週間以上たちましたが、依然としてこの状態なのか、もう少し何とかならないのか、と思う日々です。東北には親戚が多いのですが、幸いみな無事でした。しかし、私にとって何よりもの人生の恩人であり友人である人の連れ合い(夫)が津波で亡くなりました。小学校の教員で生徒たちとともに津波に襲われたそうです。その友人ともまったく連絡がとれず、ツイッターで消息を尋ね、ようやく1週間たって無事だという電話がありました。連れ合いが亡くなっただけに、「無事でよかった」とも言えず、元気な声を聞いて、胸が詰まる思いでした。つらい、悲しい思いをしている方たちが、本当にたくさんいるでしょう。犠牲になった方々に心からの追悼の念を捧げたいと思います。また幸い生き残りながらも、避難生活を続けているみなさんが、一刻でも早く元の生活にもどれるように、少しでも役に立ちたいと思います。
 それにしても今回は、天災であるとともに、原子力発電所の問題は、津波の危険性の指摘を無視して、安全を軽視したことが招いた、完全な人災です。「想定外」などという責任逃れを許してはならないと思います。阪神大震災のときも、強い震度の地震が起きうることが警告されていたにもかかわらず、経済性などからより弱い震度の対策しか講じていなかったことが指摘されていました。起りうることへのきちんとした対策を講じることは、コストがかかるので、考えないようにしていたのです。「想定外」とは、そうした責任ある人々の逃げ口上にすぎません。阪神大震災のときもそうした神戸市などの責任はあいまいにされ、みんなで協力して復興しようという掛け声の前にもみ消されてしまいました。神戸は復興したと言われていますが、私が生まれ育った地域は、復興の名目でかねてからの公共事業がゴリ押しされ、地域のコミュニティが完全に分断破壊されてしまっています。人災を招いた責任があいまいにされてきたこと、その結果がまた今回の事態を招いたと言ってもいいすぎでしょうか。
 この間も、日本は大丈夫だ、みんなでがんばろう、などとやたらと日本という国家を持ち出したキャンペーンがなされていますが、「愛国心は悪党の最後の隠れ場」という言葉を今こそ思い起こすべきでしょう。津波の危険性の指摘を無視し、原子力発電を推進してきた者たちの責任をあいまいにしてはならないと思います。
 日ごろから原子力発電所では、現場の労働者が被曝させられ使い捨てにされていますが、現在の事故対策もみなそうした人々が犠牲にされています。末端の者たちに犠牲が強いられ、こうした事態を招いた責任ある者たちは東京の安全なところで、「想定外」だとか、「直ちに健康に影響はない」などと繰り返しているだけです。
 福島をはじめ原子力発電を作ってきたやり方は、基地を沖縄におしつけてきたやり方と同じでしょう。東京人たちは自らのエゴへの自己反省をおこない、そしてそのうえに国家や経済の指導者たちの責任を追及することをやらなければならないと思います。
 最後に、今回の東日本大震災の犠牲者のみなさんに、合掌。 
2011.3.28記

 

 2011年に入り、もう一月が過ぎようとしています。冬休みはイギリスで過ごし、帰国後は学期末であわただしく、レポートの採点にくわえて国内米軍基地調査ででかけたり、とバタバタしており、年賀状をいただきながら、年始のご挨拶を欠礼しましたことをお詫びするとともに、本年もよろしくお願いします。  2011.1.29記

 

   2010年を送り、2011年を迎えるにあたって

 今年も早くも師走です。  春からはずっと米軍基地に関する資料や文献を読んできました。英語では、世界各地の米軍基地に関する研究が膨大に出ていることに驚くと同時に、それらがほとんど日本語に翻訳されていないことにさらに驚きました。欧米の文献がこれほど翻訳されている日本で、なぜこれほどまでにこうした文献が紹介されてこなかったのか。この問題では情報鎖国状態にあるのではないかと思います。米軍基地すべてを国から追い出したケースがいくつもありますし、全部を追い出さなくても、大幅に減らしたケースはたくさんあります。そうしたケースを日本のメディアはなぜ国民には知らせようとしないのでしょうか。沖縄と朝鮮・中国を差別しきっている、差別意識むき出しの日本社会、そしてアメリカにはこびへつらう奴隷根性丸出しの日本社会、こんな日本に誰がしたのか、とあまりにも情けなくなります。もちろん自己批判も込めてですが。
  この間、講演では世界的な米軍基地問題について話をする機会がたくさんあります。論文としては書いていなかったのですが、この12月に刊行される『季刊戦争責任研究』第70号のなかで「米軍基地と植民地主義」というタイトルで書きました。これから、この問題で本を書く予定です。今年は2冊本を出したので、少しゆっくりと書こうかと思っていましたが、この間の日本の状況を見ると、ゆっくりしていられないですね。来年1月から2月にかけて、朝日カルチャーセンター横浜で、「米軍基地ネットワークの展開と再編」というタイトルで3回連続で話をします。19世紀末から今日までの100年間を考えるもので、この準備をしながら、本の構想を練りたいと考えています。
 この冬休みはイギリスに調査に行ってきます。米軍基地ネットワークというのは、まずは大英帝国の植民地ネットワークを利用しながら形成され、英軍が撤退したところに米軍が進出するというように進んでいきます。ですから米英関係からこの問題を見てみようと思っています。来年こそは、少しでもよい年にしたいですね。 みなさんもよい年末と新年をお迎えください。
2010.12.2記

 すっかり秋らしくなりました。この間、米軍基地問題の資料を調べ、関連文献を読んでいます。講演やシンポでもこの問題を、他の方とは異なる方法と視点で扱いつつあります。11月2日の『琉球新報』に1950年代の沖縄の基地問題についての資料紹介の記事が掲載されました。琉球新報のウェブサイトにも記事の本文が掲載されていますので、そちらでご覧になれますが、解説を含めてこちらに掲載しておきます(→記事)。2010.11.4記

 

 最近読んだ本でよかったものを紹介したいと思います。まず小説からですが、伊集院静の『お父やんとオジさん』(講談社)は一気に読みました。数年前に彼の『海峡』三部作、『海峡』『春雷』『岬へ』を非常に感動しながら読みましたが、この最新刊の本も最初からジーンとくるものがありました。こうした在日の経験と思いをほとんど理解できない日本社会の劣化を感じながら。
 
井上ひさし『一週間』(新潮社)もおもしろかったですね。井上さんとは一度、ある雑誌の座談会でご一緒しましたが、その知識の広さと深さに圧倒されました。それでいて実に謙虚な方で、もっともっと仕事をしてもらいたかったです。
 
井本三夫『蟹工船から見た日本近代史』(新日本出版社)は、蟹工船とはこういうものだったのか、自分の認識の欠落を埋めてくれる本で、そうだったのかとうなづきながら読みました。布施祐仁『日米密約 裁かれない米兵犯罪』(岩波書店)は、この間読んだ密約関係の本の中で、一番よかったものです。非常にわかりやすいし、今後の仕事が期待できます。
 
アクティブ・ミュージアム編『証言 未来への記憶 アジア「慰安婦」証言集U 南・北・在日コリア編(下)』(明石書店)は、上巻に引き続き、日本軍「慰安婦」にされた朝鮮人女性の証言と関連する論説を収録したものです。私も監修者として関わっていますが、こうした証言をまとまめてあらためて読み直すとずしりときます。論説も、私の尊敬するフェミニストである宋連玉さんの論考をはじめ植民地支配を問題にして、読み応えのある、いいものが収録されています。
 最後に、力作として
小野沢あかね『近代日本社会と公娼制度』(吉川弘文館)を挙げたいと思います。この本は本格的な研究書で値段も高いのですが、小野沢さんは従来の関連研究について、「言説分析という手法が採用されることが多いこととも関連し、人々の暮らしとの有機的な関係の下での運動分析が捨象され、公娼制度や廃娼運動をめぐる、ジェンダー関係以外のさまざまな社会的諸関係が捨象されてしまう傾向があった」と指摘し、丁寧に資料と歴史状況を読み解き、それぞれの時期における公娼制と公娼制への批判のあり方を分析しています。戦時中の国内の公娼制のあり方も大変勉強になりました。
 この間、フェミニズムにつながる人たちの主張が(一部を除いて)、フェミニズムあるいはジェンダーの視点だけに一面化あるいはそれを絶対化し、そのことによって多くの多様な側面が切り落とされる傾向があります。ナショナリズムを批判すれば、それだけで自分たちを正義だと考えるような安易な独善さを感じます。ジェンダーの視点だけで見ることによって、日本女性でもかんたんに、日本の侵略・植民地支配を受けた韓国朝鮮や中国の女性と同じ被害者になり、自分たちの責任を解除できるとともに、結局、日本国家の責任も解除してしまいます。日本国家の責任を追及することがナショナリズムにとらわれているかのように非難することによって、“フェミニズムと帝国主義の共謀”関係が生まれてきます。日本のフェミニズムは“帝国の中産階級の女性”の思想という出自をどれほど自己批判的に克服できているのでしょうか。少し前にある著名なフェミニストから、私のことをほとんど転落者であるかのような攻撃を(しかも卑怯な手段を使って)受けましたが、レッテルをはって罵詈雑言を浴びせるその手法を見ていると、かつての教条的なマルクス主義者を彷彿とさせるものがあります。
 こうした中で、『未来への記憶』も小野沢さんの本も、すごくいい仕事だと思います。 
2010.7.27記

 『沖縄戦が問うもの』(大月書店、1800円+税)が刊行されました。すでに書店に並んでいると思います。255ページの本です。私にとってはちょうど10冊目の本です。
 菅内閣になりましたが、なんとしてでも沖縄に基地を押しつけておこうという日米合意を支持するのが世論調査では半数を超えるとか。本当に日本人はひどい、これほど沖縄を差別迫害しても何も感じない連中がこんなにものさばっているのか、と愕然とする思いです。今度の本の帯には「我々は、幾たび沖縄に“捨て石”を強いるのか」と書かれていますが、あまりにもピッタリしすぎているのが残念です。
 この週末は沖縄に行ってきます。23日の前には東京に戻ってきますが。たたかいはまだまだ続きます。
2010.6.17記

 辺野古に海上基地を作ろうという鳩山内閣の提案には唖然とします。とんでもない政権です。今日、5月15日は沖縄が日本復帰した日ですが、沖縄を犠牲にして恥じない本土の醜悪な政権をいつまで許すのでしょうか。本土の人間よ、恥を知れ、と言いたくなります。と同時にそういう政権しか作ることのできない責任も。米軍基地を(当面は海兵隊を)日本から追い出そう。
 ところで、新しい本『沖縄戦が問うもの』(大月書店)が6月11日刊行予定です。定価は1800円(+税)の予定です。250ページほどのコンパクトな本です。『沖縄戦と民衆』(大月書店)、『沖縄戦 強制された「集団自決」』(吉川弘文館)とともによろしく。 
2010.5.15記

 沖縄で、普天間基地の早期返還、県内移設に反対し県外・国外移設を求める県民大会が開催され、9万人が参加したとのことです。海兵隊は日本から出て行けという運動を日本社会全体で作り出していきたいですね。鳩山内閣の功績は、辺野古新基地建設をともかく潰したことだと思います。日米安保が、あたかも戦前の天皇制のように不可侵にされている現状をいかに打破するのか、私の研究も基地問題にシフトしていくことにしています。
 6月に沖縄戦についての本を出しますが、その後は、基地問題の調査研究に集中したいと考えています。
2010.4.25記

 新学期が始まり、あわただしい日が続いています。この間、読んだ本でいくつか推薦したいものがあります。まずは、永井均『フィリピンと対日戦犯裁判』(岩波書店、2010年)です。永井さんの20年来のフィリピン研究の集大成とも言えるものです。戦犯裁判の研究としても、東京裁判とBC級裁判を含めて一国の関わりを全体として明らかにした最初の仕事と言えるでしょう。この研究を目の前にすると、私のイギリスのBC級戦犯裁判についての本など軽薄に見えてきます。こういう研究を志す人がもっと出てきてほしいと思います。戦犯裁判については、あるいはアジアとの関係について関心のある方にはぜひ読んでほしい本ですが、定価が1万1000円+税というもので、いまの厳しい出版事情から出版社を責めることはできないのですが、それにしても……、という定価の付け方ですね。近くの図書館に推薦していただいて、読んでください(可能な方は購入して)。
 次に非常に勉強になりおもしろかったのが、安田常雄・趙景達編『近代日本のなかの「韓国併合」』(東京堂出版、2010年)です。最近の研究成果をふまえ、韓国併合100年を総括するうえで、わかりやすく勉強になりました。これは定価2000円+税です。また蓮池透『拉致』『拉致2』(かもがわ出版、2009年)の2冊も大変、刺激的でした。冷静に事態を分析し解決に向けて努力されている蓮池さんには深い敬意を表したいと思います。少しは見習わないと。
2010.4.10記

 この2月にワシントンに資料調査に行き、3月には韓国と沖縄に行き、飛び回っていました。年末からワシントンに行く直前まで、ずっと本を書いており、いまはそれを読み返して修正しています。6月には刊行される予定です。大晦日もずっと原稿を書いていましたし、正月三が日もそうでした。試験の採点や入試もあったので、土日も休まずに書いていました。なんとか今月中には完成して、少しは休みたいのですが、大学の仕事も次々に入ってくるし、月末からは新学期が始まるし……、その前に少しは休みたい……。 2010.3.18記

年末年始のご挨拶―2010年を迎えるにあたって

旧年中も皆様方には大変お世話になりました。6月に『沖縄戦 強制された「集団自決」』(吉川弘文館)、12月に『戦犯裁判の研究』(勉誠出版)を刊行しました。また共編著で『暴力とジェンダー』(白澤社)を出しました。今年度から米軍の性暴力についての共同研究(4年計画)を始めました。ほかに戦犯裁判の共同研究、マニラ戦についての共同研究、国家暴力についての共同研究、事典の編纂、沖縄県史の資料集の編纂などなどにもかかわり、そうした共同研究のためにアメリカ、イギリス、ニュージーランド、香港、沖縄へと飛び歩いていました。あわただしい一年でしたが、そのなかでもそれなりの成果は出せたのではないかと思っています。
 
2010年はまず本を1冊書くことが課題です。同時に新しい課題にもチャレンジしようと思っています。民主党政権になり、失望やいらだたしい思いもありますが、“変る”という可能性を感じられることが大きな変化だと思います。よい方向に変えるためにも努力していきたいと思います。新年もよろしくお願いします。 
2009.12.24記

 前回の更新から少し時間がたってしまいました。10月末から11月にかけてニュージーランドに資料調査に行ってきました。戦犯裁判関係の資料集めです。これぞ、という資料とは出会いませんでしたが、以前から調べたいと思っていた問題について、いろいろ資料を集めることができました。ただこの9・10・11月と、ともかく忙しくて資料を読む暇がまったくありませんでした。読む時間ができれば、資料を整理してまとめたいと思っています。
 ところで、まもなく本を出します。単著ですが、書下ろしではなく論文集です。
『戦犯裁判の研究ー戦犯裁判政策の形成から東京裁判・BC級裁判まで』(勉誠出版、4200円)です。副題が大きいのですが、そうしか言いようがないので。『裁かれた戦争犯罪−イギリスの対日戦犯裁判』(岩波書店)『BC級戦犯裁判』(岩波新書)に続いて、戦犯裁判関係では3冊目になります。専門書といえばそうなりますが、やや硬い論文から、比較的読みやすいものまで、いろいろ入っています。もしよければ、買っていただくか、あるいは図書館で注文してお読みください。最近の戦犯裁判研究の現状に対する、私なりの批判も書いています。

 さて、最近読んだ本で一つ紹介しておきたいのは、宋連玉『脱帝国のフェミニズムを求めて−朝鮮女性と植民地主義』(有志舎、2400円)です。いろいろ学ぶことが多い本ですが、少し印象に残った個所を引用します。

「ナショナリズムには、どう足掻いてみても性差別や少数者抑圧が必然的に内包されると主張する意見もあるが、それはどのような主義でも社会の支配原理となればそのような限界は露呈されるし、フェミニズムとて同様である。時代、状況に応じて『民族主義』『国家主義』と翻訳できるナショナリズムの中味を検証する作業は以前として残されたままである。」
「ジェンダー、民族、階級の複合的な視点を手放すと、フェミニズムの可能性を失ってしまうというのが私自身の現在の到達地点である。」

 私はフェミニズムから多くのことを学びましたし、ジェンダーの視点は不可欠であると思っています。フェミニズムと関わる人たちにも友人は多いですし、そうした人々と一緒にいろいろな運動に関わってきていますし、これからもそうでしょう。しかし一方で、以前から、かつてのマルクス主義を髣髴させるような、フェミニズムの議論の独善さ、というか傲慢さ、そしてそのあやうさを感じてきましたし、また最近では、「和解」をめぐっての一部のフェミニストの陥っている陥穽は、大きな問題だと思っています。そうした中で、宋連玉さんのしっかりと地に足のついた、議論には大変学ぶところが多いと同時に、励まされる思いです。ぜひみなさんもお読みください。
 どれほどすぐれたものであれ、一つの“イズム”だけで考えていると、大きな間違いを犯すと思います。それと、“事実”を大事にすること。“言説”や“記憶”ばかり追いかけていると、あるいは事実を軽視して、自分の頭の中での空想と理屈ばかりで考えていると、足が地から離れてフワフワと……、という傾向があるように思うのですが。
 なお宋さんを含めた、何人かで共同研究の成果をまもなく本として刊行します。来年になると思いますが、またお知らせします。
2009.12.1記

  最近読んだ本でよかったもの。
 目取真俊『眼の奥の森』(影書房)
 加藤政洋『敗戦と赤線』(光文社新書)
 井上孝代『あの人と和解する』(光文社新書)
 豊田祐基子『「共犯」の同盟史』(岩波書店)
 屋良朝博『砂上の同盟―米軍再編が明かすウソ』(沖縄タイムス社) 

                2009.10.22記

 夏のアメリカ調査から戻ってきました。今回はケネディ図書館に行き、そこのケネディに関する展示も見てきましたが、その直後にエドワード・ケネディが亡くなり、その関係のテレビ番組が次々とあり、また告別式やアーリントン墓地への埋葬などの一連の追悼行事をテレビでじっくり見ることができました。実に興味深い経験でした。
 『沖縄戦 強制された「集団自決」』について、新聞でいろいろ書評が掲載されました。気がついただけでも『琉球新報』『沖縄タイムス』『東京新聞(中日新聞)』『朝日新聞』などがあり、書評の労をとっていただいた評者のみなさんにはお礼申し上げます。
 書評を読んで、やや気になったので、一言言っておきますと、『沖縄戦と民衆』では戦場における個人の意識と行動にかなり焦点をあてて描いています。それに対して、今回の本はむしろ”構造”を問題にしています。これは、けっして私の認識が変化したわけではなく、両面ともに重要だと考えていることにかわりはないのですが、執筆した時点での議論状況から、より強調した方がいいと思う点を強調しただけです。自分自身では、二つの本を合わせて読んでもらえれば、と思うのですが、読者の側からすれば、一冊だけ読んで判断するわけで、そこから朝日の書評のように「個人の責任を問うことは重要ではない……と主張しているようである」という読み方になるのだろうと思います。確かに今度の本では、国家指導者個人の責任は追及していても、現場の個人の責任はほとんど追及していないので、そこももう少し書き込んだ方がよかったかな、とも感じました。
 自民党政権がこれほどまでに脆く崩れるのを見るのは予想外でした。面白い時代に入ってきましたね(とんでもなくひどい時代になる可能性も含めて)。戦後補償問題も可能性が少し開けてきました。 
2009.9.4記

 最近読んだ本で、読み応えのあった本。永原陽子編『「植民地責任」論』(青木書店)と松村高夫・矢野久編著『大量虐殺の社会史』(ミネルヴァ書房)の二つです。そのなかでも特に印象の残ったものとして、後者の本のなかで二人の編者が書いている序章と終章を挙げたいと思います。松村高夫氏は、「虐殺の歴史的事実」が容易には明らかにされない要因の一つとして、「ポスト・モダンやそれに類似する方法」を挙げ、次のように述べています。

「文献的史料やオーラル史料などによって事実を明らかにするというきわめて常識的な実証的方法は、最近とくに懐疑主義者によって批判されることがある。それは『記憶の歴史学』、『表象の歴史学』、『言語論的転回』等々の形態をとって表れる。もとより記憶や言語は研究対象とすべき歴史現象であるが、その扱い方を誤ると歴史的事実の存在を否定し、ひいては研究対象になりうるのは記憶や表象であり、文献的史料によって事実をとらえられるとするのは『素朴実証主義』にすぎないとして非難の対象とされることになる。言説(ディスクール)はもとより重要であるが、言説のみに分析対象を限定し、ポスト・モダニストのように言説と事実の関係を切断し、解明できるのはテクストの差異性だけであるとなると、歴史的事実は究明不可能であるとする不可知論に陥る。(以下略)」

 矢野久氏は、そのような「虐殺の記憶のポストモダン的考察は虐殺の『相対化』、すなわち、国家権力の『非犯罪化』をもたらす」こと、「事実解明を回避させることが重要な戦略となる国家権力にとって、『記憶』はきわめて有効でソフトな武器となる」と、そうした観念論者が国家権力に有利な武器を提供していることを指摘しています。
 私の思い込みに引きずり過ぎた紹介かもしれませんので、ぜひ本を読んでいただいて、著者の意図を正確に読み取っていただきたいのですが、一見、被害者や民衆に寄り添っているかのような装いをもって(自分自身ではそう思い込んでいるのでしょうが)論者たちが、「国家権力批判の歴史学」に矛先をむけ、それを解体させようとしていることへの警鐘であり、それに対する歴史学として提示した仕事が、この本だと理解して、読みました。
 そうした観念論者が、「素朴な実証主義」だとか、「事実の究明にのみ拘泥」しているとか、ご自分の頭のなかで観念したイメージで、「国家権力批判の歴史学」にばかり中傷の矛先を向けるのにはうんざりしています。かつての左翼が、比較的立場の近い者たちを攻撃して、自らの正統性を誇示しようとしたことと似ている気がします。私も最近、某著名フェミニストから転落者といわんばかりの個人攻撃を受けましたが(しかもきわめてアンフェアなやり方で)、そういう断罪をできる“裁判官”にでもなったつもりなのでしょうか。
 言説や表象の研究の意義を別に否定する気はないので、それぞれがそれぞれの意義と役割、そして限界があるのだということを自覚して、謙虚に研究をやればいいのに、と思うのですが。
 ということで私は「素朴な実証」に徹底的にこだわって行きたいと考えています。この夏もアメリカに資料調査に行ってきます。
2009.7.26記

 

 『沖縄戦 強制された「集団自決」』が、吉川弘文館より6月に出ます(定価税込み1890円)。いつごろ書店に並ぶでしょうか。すでに宣伝に掲載されはじめていますので、まもなくでしょう。「歴史文化ライブラリー」というシリーズの一つです。この本について、吉川弘文館が宣伝文句として作ったのが次の文です。
 「二〇〇七年の教科書検定において日本軍の「強制」の文字が削除され、大きな波紋を呼んだ「集団自決」問題。本土決戦の捨石として多くの犠牲者を出した沖縄戦を検証しながら、その実態を解明。生存者の証言・米軍の新資料などから当時の状況を再現し、その構造と全体像を明らかにする。「集団自決」の原因を〈天皇制国家の支配構造〉から解き明かした問題作」
 自分自身でわかったことを書いたというよりは、書きながらわかってきたというのが、実感です。ですから執筆過程そのものがスリリングで発見の連続でした。
 もう一冊、林博史・中村桃子・細谷実編『連続講義 暴力とジェンダー』(白澤社、発売・現代書館)も6月中旬に刊行されます。これは、昨年秋の関東学院大学生涯学習センターの公開講座での5回にわたる連続講義を起こしたものです。日常から戦時にわたる性暴力ならびに暴力をジェンダーの視点で読み解いたもので、編者が言うのも何ですが、すごく面白い内容です。この本のなかで、私は日本軍「慰安婦」制度と米軍の性売買政策・性暴力をあわせて、議論しています。2000円ちょっとの値段になる予定です。
 もう一つ。『季刊戦争責任研究』第64号(2009.6)にナウルにおけるハンセン病患者の集団虐殺事件について書きました(長いので2回連載)。昨年12月に共同通信から配信された記事で紹介された事件です。これも6月20日ごろには出ると思います。
 あともう一つ。林博史編集・解説(連合国対日戦争犯罪政策資料 第U期)『アメリカの戦争犯罪政策』全8巻(現代史料出版)も6月に刊行です。これは22万8000円ですので、大学図書館で買っていただくようにお願いしています。東京裁判やBC級裁判を含めて連合国の戦犯裁判を根本的に再検証するうえで重要な資料群が日本で読めるようになることは、研究の進展にとって貢献になると思っています。
 これで一段落と言いたいのですが、すでに次の仕事に向かって作業を始めています。大学でもいろいろやっかいな仕事をやらされるし、一息つく暇はなさそうです。
 2009.5.26記

 このホームページを開設してから、ちょうど満10年がたちました。この10年間に26万件を超えるアクセスをいただきました。一日平均70件以上で、こんなホームページをこれほどたくさんの方に見ていただいたのは予想外の驚きです。アクセスしていただいたみなさんにお礼申し上げたいと思います。
 開設したころは、毎月1回は更新しようと思っていましたが、その材料がなくなるのではないかと危惧していました。しかし、いろいろ小論などを書いたり、しゃべったりする機会が多く、この10年間、月1回の更新は維持できました。今後、いつまで続けられるか、わかりませんが、こうした研究が必要のない社会にはなかなかなりそうにありませんので、しばらくは続けていくことになると思います。“論文のページ”に掲載しているものだけでも90点を超え、もう少し調べやすい書式にした方がいいのではないかと感じていますが、ゆっくり考えてみます。
 予告していました『沖縄戦 強制された「集団自決」』は、現在、再校中ですが、吉川弘文館より6月10日発売予定です。定価は2000円以下になると思います。
 今後とも引き続き、よろしくご支援ご協力をお願いします。 
2009.4.1記

        年末年始のごあいさつ

 2008年も終わろうとしています。日本の政治も大企業も、これほどにまで腐敗退廃愚劣化するとは……。莫大な内部留保を溜め込んだ大企業が冷酷無慈悲に働く者の首を切っていく様は、アジアの人々の首を日本刀で試し切りした軍人たちと同じではないか。にもかかわらず革命どころか、暴動さえも起こらない日本社会は、ここまで飼いならされてしまったのか……、愚痴を言い出せば、きりがないくらいです。
 ただ世の中が流動化し、変わりつつあるのも事実で、なにかきっかけがあれば、急激に変わる予感がします。それがいい方に変わるのか、悪い方に変わるのか、いずれにせよ、いろいろな可能性がある時代に入りつつあると思います。いい方に変えるように、少しでも努力したいと思います。
 2009年は、沖縄戦における「集団自決」問題の本を春(初夏?)に出す予定です(これは単著です)。またジェンダーの視点から女と男の関係とその間の暴力の問題を扱った本を編著で春に刊行する予定です。アメリカの戦犯裁判政策についての資料集は夏前には刊行できるでしょう。
 ナウルでのハンセン病患者の集団殺害事件の件も論文(というより資料紹介)にまとめつつあり、またマニラ戦(1945年2月、フィリピン市民10万人が犠牲になったと推定されている、日米による唯一の大規模な市街戦)についても2009年にはまとまった報告ができるように準備しつつあり、米軍の性暴力についての共同研究も今年から本格的に始めようと準備しています。 
 このあたりの仕事が一段落すれば、秋ごろからは沖縄戦の新しい本の準備にとりかかろう(書き始めよう)と考えています。春休みにはイギリス調査、夏休みにはアメリカ調査、沖縄にも何回か、などなど調査も何度か行くことになるでしょう。沖縄戦についての史料集の編纂作業もいよいよ大詰めに来つつあります。ただこれが刊行されるのは早くても2010年でしょう。
 この冬休みは久しぶりに日本にいる予定ですが、ずぅっと原稿を書いて過ごすことになりそうです。FC東京が決勝に残れば、元旦は久しぶりに国立に行くつもりですが。
 厳しい世の中ですが、よいお年をお迎えください。2009年がみなさんにとっても、よい年になるように、一緒にがんばりましょう。 
2008.12.24記

書評 戦地性暴力を調査する会編『 資料集 日本軍にみる性管理と性暴力―フィリピン19411945年』(梨の木舎)を掲載しました。これは『図書新聞』に書いたものです。
 最近読んだ本でよかった本をいくつか挙げます。
戸谷由麻『東京裁判』みすず書房
齊藤一晴『中国歴史教科書と東アジア歴史対話』花伝社
三宅勝久『自衛隊員が死んでいく』花伝社
山野良一『子どもの最貧国・日本』光文社新書  
2008.10.18記

 この夏は、アメリカ、カナダ、沖縄、韓国と行ってきました。こんな資料があったのかと驚くような、すさまじい資料とも出会いました。ある資料を目の前にして、身体が硬直して息ができなくなるような経験もしました。たくさん資料を見ていますが、そのなかでもこれほどのものはなかったように思います。近いうちに紹介する機会があるだろうと思います。そうした資料とも出会い、またいろいろな人たちとの出会いも楽しく貴重なものでした。たくさんの収穫を得た夏でした。
 少し一段落すれば、新しい論文などもここに掲載したいと思います。
2008.9.27記

 最近読んだ本で、白石惠美『「中国残留孤児」帰国者の人権擁護』(明石書店)があります。著者のおかあさんにいただいたもので、本に付けられていた手紙を読んで、ぜひ読んでみようと思っていたものです。この本は、彼女が高校生のときに書いたレポートが基になっており、荒削りですが、彼女の思いと新鮮な感覚が伝わってくる力作です。うまく表現できないのですが、人としての深い感受性が、前向きなひたむきさと、人間への共感とあわさって、限りない可能性を感じさせてくれます。彼女が大学1年生のときに亡くなってしまったということが、そうした思いをますます強くさせるのかもしれません。会ったことはありませんが、貴重な友人をなくしたという思いです。ただ、日本社会のなかから、こうした知性が生れているということは、まだまだ日本社会も捨てたものではないように思えます。
 この間、戦争に関わるテレビ番組をいくつか見ていますが(NHKが頑張っていると思います)、それらを見ながら、自分がいかにわかっていないのか、一応わかったつもりになっていたものが、実はうわべしか見ていなかったということを感じています。知れば知るほど、わかればわかるほど、自分がいかに知らないか、いかにわかっていないかが、わかってくる……。初心に返って、しっかり勉強しようというしかないですね。
 ようやく暑い東京を抜け出せます。カナダは秋の香りが漂い始める、さわやかないい季節でしょう。では、暑中お見舞い申し上げつつ、また秋に。
2008.8.16記

 暑い夏が続きますね。最近、私が編集した資料集を出しました。しかし高価なものなので、大学図書館くらいしか買ってくれないと思います。ですから解説くらいはもう少し広く読んでいただけるように、解説を掲載します。
 先日、小学校の同窓会がありました。卒業して○○年、300人弱の同学年のうち70人が集まりました。私のクラスからは13人、じつに懐かしく、かつ心の和む、ホッとする数時間を過ごしました。何人もから「はやし君」と呼びかけられて、思い出すのに必死でしたが、○○年ぶりなのに、ひと目見ただけで、パッと思い出した友人も何人かいました。「いまは大学の先生ゆうたかて、やっぱりはやし君やね」と「はやし君」として過ごせて、いまの肩書きも社会的地位も関係ない、小学校時代の友だちとして接することのできる関係というのは実にいいものです。震災で変わってしまった小学校の周りを歩き回ってきました。あの時代はもう二度と帰ってこないけれど、これほど懐かしく振り返ることのできる、あの時代(とその時代を一緒にすごした、いい友人たち)を持てて本当に幸運でした。
 ところで、まもなく本が出ます。『戦後平和主義を問い直す』(かもがわ出版)という本で講演録です。講演録を出すとは歳をとったな、というのが正直なところですが、読みやすいのがいいところでしょうか。
 8月後半からアメリカとカナダに調査に行ってきます。その前に本を書き上げなければならないし、帰ってくるとすぐ後には沖縄と韓国にも行かなければならないし、そうするとすぐに秋学期が始まるし……。その前に一度くらい、このホームページを更新するつもりです。
 うんざりする暑い夏ですが、みなさんも健康に気をつけてください。
2008.7.28記

 いろいろ偶然が重なって、新聞に出ることが続いてしまいました。一つは、敗戦時に日本軍「慰安婦」を看護婦にせよと命令していた電報の報道(共同通信)で、これは4月の暗号電報解読の関連資料の続きです。この記事について、「琉球新報」は社説でも取り上げてくれました。沖縄の新聞の姿勢には敬意を表しています。
 もう一つは、沖縄戦の最中における警察官の日記についての報道(沖縄タイムス+朝日新聞+琉球新報)です。沖縄本島の国頭地区で軍に協力して秘密戦をおこなっていたことを示すおもしろい日記です。
 こうした新しい史料の記事を次々に出すことは、研究者としては必ずしもよく思われないのですが、私の意図としては、たとえば「慰安婦」関係の史料であれば、この間、右派の攻勢、日本政府の理不尽な姿勢によって解決の展望が阻まれているなかで、広く市民にこの問題がまったく解決されていないことをアピールし、地道に努力している市民運動や被害者たちにエールを送り、さあ、がんばろうという連帯のあいさつという趣旨を込めています。アカデミズムの中に閉じこもっているのであれば、こういうことはやらないのですが、研究とは何よりも市民と共有し、少しでも社会の役に立つことをするのが役割だと素朴に考えていますので、こういう姿勢は堅持したいと考えています。今回も共同の記事は予想外に反響があり、「励まされた」というメールをいただきましたが、そう思ってもらえると、やってよかったと思います。これらの史料については、年内には『季刊戦争責任研究』で全文を紹介したいと考えています。
 最近、私の史料の扱い方について、帝国主義に無批判だというような類の、あらぬ方からの攻撃(揶揄?)を、非常にアンフェアーなやりかたで、受けましたが、そういう中傷は相手にせず、これまでの考え方とやり方でやっていきたいと思っています。  
2008.6.28記

 4月5日付の地方紙の各紙に共同通信から配信した記事“「御真影」など焼却命令/旧海軍、戦争責任を意識か/英公文書館で暗号解読文書”が紹介されました。残念ながら東京ではまったく報道されなかったようですので、記事を掲載します。 →記事本文  
 この史料については原文を『季刊戦争責任研究』に紹介する予定ですが、しばらく先になりそうですので、いましばらくお待ちください。
2008.5.4記

  「集団自決」問題に関する訴訟の判決が3月28日に出ましたが、日本の裁判所にも良心と良識が健在であることを示す優れた判決でした。私の談話を3点、紹介しておきます。NHKニュースではほんの一部が放送されただけです。
 しかしながら、映画「靖国」上映妨害の仕掛け人は、この訴訟の中心人物でもあり、こういうひどい人物が堂々と国会議員になっている日本の状況をなんとか変えなければ……。

 集団自決の資料状況をおおむね正確に把握した判決だ。「軍命は援護法の適用を受けるための捏造」という原告側の主張を明確に否定する一方、住民に手榴弾を渡したり、防諜のために住民を処刑したりするなどした日本軍の重要な役割を認めたうえで、島の責任者としての部隊長の関与を指摘した。「部隊長命令はなかった」という原告の論理に乗らず、多くの住民の証言を評価し、集団自決をめぐる全体状況について妥当な判断をしたと言えよう。(『朝日新聞』2008.3.28発、なお東京版では掲載されていませんでした。)

 旧日本軍の関与をはっきりと認めた点で、これまでの歴史研究の成果を反映した妥当な判決だと言える。敵に捕まった少年が処刑されたことや、貴重な武器であった手りゅう弾が兵士から手渡されていた点など、複数の事例を示しながら日本軍の役割を明らかにした判決内容は高く評価したい。こうした訴訟は、沖縄戦被害者らの証言を否定するもので、彼らを苦しめてきた。原告らは控訴を断念して自らの責任を見つめてほしい。(時事通信2008.3.28発)

全体として、「集団自決」をついての研究、資料状況をふまえ、原告側の主な議論を明確に退けた妥当な判決である。
 まず命令説が援護法の適用を受けるためのねつ造であるという原告の主張について、原告側の論拠が信用できないものであるとして退け、援護法が適用される前から命令説があったことをきちんと認めて、ねつ造説を完全に否定したのは正確な判断である。
 「集団自決」の事実についても、日本軍兵士が自決用に貴重な武器であった手榴弾を交付したことや軍が防諜に意を用いており米軍に保護された住民らを処刑したこと、日本軍がいたところで集団自決が起きていることなどの事実を確認した上で、「『集団自決』については日本軍が深く関わったもの」と認定している。そのうえで梅澤と赤松の両戦隊長の関与が「十分に推認できる」としている。
 両戦隊長が「自決命令を発したことを直ちに真実であると断定できない」としながらも、「その事実については合理的資料若しくは根拠があると評価できる」とし、被告の記述は「相当の理由があった」と認めている。原告は、当日の戦隊長命令の有無にのみ論点をしぼり、それがないことを通じて日本軍と戦隊長の責任を免れようという乱暴な議論をしてきたが、判決はそうしたわい小化した主張を明確に退けた。
 判決要旨を読む限りでは、日本軍の強制という表現は使われていないが、原告の主張が根拠のないものであることを明確に示し、訴えを退けたことは正当な判断である。特に梅澤元戦隊長が「自決するでない」と助役らに語ったという陳述など主な主張点について、丁寧に論証したうえで、信用できないと退けたことは、裁判所の見識を示すものである。
 文部科学省は昨年の教科書検定にあたって、この原告の主張を根拠にあげたが、それが信用できないことが裁判所によって判断された以上、検定意見の誤りを認め撤回すべきであろう。
 なお軍の責任を一切認めず、被害者たちが援護の金目当てにうそをねつ造したからのように非難するこの訴訟は、今日また被害者たちを傷つけ苦しめるものである。島民を虐殺したことを含め戦隊長としての責任を認識し、控訴を断念すべきである。それが多くの人々に死を強いた日本軍の隊長としての最低限のやるべきことであろう。(『沖縄タイムス』2008年3月29日)
2008.4.1記

このトップページの青色を少し薄くしてみました。青が強くて読みにくいというご意見を複数の方からいただいたので。
 この間、米兵による性暴力・凶悪犯罪が頻発していますが、その問題を歴史的実証的に検証する必要があるでしょう。このHPに「基地論」という論文をアップしました。米軍と性暴力というテーマできちんとした共同研究をやりたいと考えています。しかしその前にやらなければならないことが多い……。研究者というジャンルに入る人々は履いて捨てるほどたくさんいるのに、戦争犯罪や戦争責任、沖縄戦、あるいは米軍と性暴力というような問題に取組む人が、どうしてこれほど少ないのか……、と愚痴を言っても始まらないので、やるしかないというところでしょうか。 
2008.3.12記

 2008年はじめての更新です。ロンドンではおもしろい資料が出てきました。近いうちに紹介したいと思います。年末の教科書検定問題の正誤訂正についての文科省の発表を受けて、NHKやいくつもの新聞でコメントを出しました。そのなかで一番くわしく載せてくれた「沖縄タイムス」に載ったものを紹介しておきます。

 沖縄の運動や執筆者の努力もあって、「捕虜になるな」という日本軍の教えや米軍に対する恐怖心を植え付けられたことなど、背景の説明は、より詳しくなっている。しかし、「日本軍の強制」という表現は一切認めていない。文章表現としては強制に近いことまで認めていても、「強制」という言葉をともかく使わせないという文科省のこだわりの姿勢が見える。
 「集団自決」の核心部分は日本軍の強制ということだが、それを認めていない点は今春発表された内容と変わっていない。文科省は、沖縄の方々が求めてきたことを受け止めていないといえる。研究者としても、これまでの研究成果を反映していないどころか否定した検定で、受け入れられない。(『沖縄タイムス』(電子号外)2007.12.26)        
2008.1.24記

年末年始のごあいさつ

 今年の更新は今日で最後です。今週から年末年始にかけてイギリスに資料調査に行ってきます。教科書検定問題の文科省の対応が出るのが26日になりそうですが、その結果はロンドンで見ることになりそうです。前から予定していた日程なので、残念ですが、文科省がどういう対応に出るにせよ、このたたかいは、来年も継続することになるでしょう。
 本当に忙しい1年でした。来年も忙しくなるでしょう。これほどまでに劣化した日本政治・社会にいるかぎり、ゆっくり研究に打ち込むなどというのは夢物語でしかないようですね。
 なおかなり前から掲載しようと思いながら、タイミングを逸して掲載していない、追悼の言葉を掲載して2007年を締めくくりたいと思います。
 では、みなさんもよいお年をお迎えください。

 今年の出来事で大きかったこと。その一つとして、坂井泉水さんが亡くなったことを挙げてもよいと思います。ちょうど1993年2月、一週間ほど沖縄に滞在していました。読谷村の民宿に泊まって、レンタカーを借りて、いろいろな人に会ってインタビューをして回っていました。沖縄戦や戦後の沖縄、現在の地方政治、あるいは沖縄の歴史や文化などいろんな方に会って話を聞きました。そのとき、車のなかでラジオをつけていたときに、何度も聴こえてきた歌がありました。「負けないで もう少し 最後まで 走り抜けて どんなに 離れてても 心は そばにいるわ 追いかけて 遥かな夢を」というフレーズを何度も聴いて、すっかり覚えました。「負けないで」の発売がその1月27日だったので、ちょうどその直後だったことは後で知りました。沖縄とZard、不思議なことにこれがZardとの最初の出会いでした。その後、Zardのオリジナル・アルバムはすべて買っています。ファースト・アルバムは気に入らなかったので、すぐに中古CD店に売ってしまいましたが、それ以外は今も持っています(ちょっとしまったと思っていますが)。

 彼女はテレビなどには一切でず、コンサートもほとんどおこなわず、アルバムのジャケットとCDでしか触れることのできないミュージシャンでしたが、人気があってもスターにはならずに、ひとりのミュージシャンとして音楽を作り続けてきたように思います。3rdアルバムの「Hold Me」から4thアルバムの「揺れる想い」で、彼女の独自の世界ができてきたように思いますが、それ以来、ひたむきな新鮮さは、最後の最後まで一貫していたように思います。進歩していないという意味ではなく、一貫して前向きに努力し歩み続けてきたと言っていいのでしょうか。それは、スターとして脚光を浴びることを拒否し、ミュージシャンとして誠実に生きてきたことの反映かもしれません。

 私たちの世界、研究者の世界でも有名になりメディアでよく取り上げられるようになると、ダメになってしまう例が多々見られます。最初のうちは新鮮で、きれると思っていた人が、たくさん本を出したり、メディアに登場するようになると、底の浅い、うすっぺらな内容になり、がっかりするということが。私たちがなにか発言する際には、そのために膨大な蓄積(労力と時間をかけた)が必要なのですが、あれこれと書いたりしゃべらざるをえなくなると、蓄積を食い潰してしまい、新しい蓄積ができないまま、語らざるをえなくなる、そうすると、うすっぺらいものしか語れない、という状況に陥ってしまいます。要するにメディアによって、あるいは時には市民運動によって消費されてしまうということになってしまいます(そうならない稀有な方もいますが)。

 坂井泉水さんの生き方は、そういうダメになる例とは正反対のように思います。彼女の音楽そのものだけでなく、その生き方から、貴重な大切なものをたくさんもらったような気がします。この十数年間、Zardとともに生きることができたことに感謝したいと思います。あまりにも若すぎた死でした。やればやるほど、自分がやってきたことの未熟さといたらなさを痛感するようになりますが、彼女もおそらく、いっぱいやりたかったことがあるでしょう。Zardの新しい曲を聴くことができなくなったことは残念です(2003年にモーリス・ギブが亡くなって、Bee Geesが歴史を閉じたこととともに)。合掌。 2007.12.23記

 この間、問題になっている沖縄戦についての教科書検定問題で、文部科学省の教科用図書検定調査審議会より、「集団自決」についての意見を求められたました。それに対して、11月22日付で私の意見書を郵送しました。連休が入るので、26日には文科省に届くでしょう。その意見書をこのHPに掲載します。なお他のホームページやブログへの転載は遠慮してください。リンクは結構です。 →意見書全文は、こちらから。 2007.11.27記

 

 9月29日の沖縄県民大会、私は残念ながら大学院入試のために一日中、大学に張り付いていたため、参加できませんでしたが、沖縄の怒りが強烈に伝わってくる出来事でした。沖縄の心の痛みに鈍感なヤマト(本土)の人々……。これは中国や韓国、その他日本の侵略を受け、心身ともに傷つけられた人々に対する鈍感さ、冷淡さと同じです。来週、沖縄に行く機会があるので、様子を聴いてこようと思っています。
 その県民大会に連帯するプレ集会@首都圏が27日に開かれ、私もそこで少し話をしました。その内容を報道した記事を紹介します。「朝日新聞」などはまったく無視したようですが。「琉球新報」は見出しに私の名前を挙げています。「不快感」というレベルではなく、「激怒」と書いてもらってもよかったのですが。最近、沖縄戦について書いたり、しゃべったりしているものがいくつかあるので、このHPにも掲載していきたいと考えています。
2007.9.30記

   軍強制否定の研究なし 林氏、自著引用に不快感  
 【東京】29日の教科書検定意見撤回を求める県民大会を前に、「大江・岩波沖縄戦裁判を支援し真実を広める首都圏の会」などは27日夜、東京都文京区の文京区民センターでプレ集会を開いた。沖縄戦研究者の林博史関東学院大学教授は、文部科学省が「集団自決」(強制集団死)の日本軍強制の記述修正を求める根拠に自著を挙げたことについて「集団自決が日本軍強制であったことを否定する研究は全くない。あまりにひどい検定だ。文科省の論理は全く根拠がない」と述べ、恣意(しい)的な引用をされたことに強い不快感を示した。集会には260人以上が参加した。
 文科省の教科書調査官は2006年12月に執筆者や教科書出版社に対して検定意見を通知した際、林教授の『沖縄戦と民衆』を挙げ、記述修正を求めた。
 林教授は「日本軍が目指していたのは、命令しなくても自ら死ぬような皇民をつくることだった。自決を素直に受け止める素地がつくられていた。生きるという選択肢がないと思わされた全体のプロセスを明らかにしたのが、これまでの沖縄戦研究だ」と強調。「日本軍の存在は決定的役割を果たしている。部隊長命令の有無を根拠にして、教科書の記述を変えるのはおよそナンセンスな話だ」と話し、これまでの沖縄戦研究の積み重ねを無視した検定意見を厳しく批判した。

 これに先立ち、山内徳信参院議員(社民)、山口剛史琉球大教授らが講演した。(
琉球新報 2007年9月28日)
 

    
検定撤回へ300人集結/都内集会 アピール採択  

 【東京】二十九日に開かれる「教科書検定意見撤回を求める県民大会」を支援する「県民大会プレ集会@首都圏」が二十七日夜、都内で開かれ、約三百人が参加した。県出身国会議員や沖縄戦研究者が、日本軍の強制や命令なしに「集団自決(強制集団死)」は起こり得なかったことを強調。「沖縄戦の事実を抹殺する検定意見の撤回をもとめる集会アピール」を満場一致で採択し、全国に運動を広げる方針を確認した。
 大阪で係争中の「大江・岩波沖縄戦裁判」で被告側を支援する首都圏・大阪の両団体と、「沖縄戦の歴史歪曲を許さず、沖縄から平和教育をすすめる会」が主催した。
 沖縄戦研究者の林博史関東学院大教授は、日本軍が駐留しなかった前島や浜比嘉島などでは「集団自決」が起きていなかった事例を指摘。「『集団自決』には日本軍が決定的な役割を果たし、渡嘉敷、座間味、慶留間の三島は軍の論理が最も典型的に表れた例だ」と強調し、教科書に軍の強制を明記する必要性を説明した。
 「すすめる会」の山口剛史事務局長(琉球大准教授)は「日本軍の強制記述の復活にとどまらず教科書検定制度にメスを入れ、全国の子どもたちとアジアの人たちにどういう教科書を示すかという運動を続ける必要がある」と述べ、長期的な運動体制の確立を訴えた。
 
 連帯あいさつをした山内徳信参院議員は「教科書が真実を語らなくなれば政府、政治は音を立てて戦争に向かっていく」と危機感を強調した。沖縄タイムス
2007年9月28日)   

 

 1か月ぶりです。アメリカから戻ってきてから、忙しくてなかなかHPを更新する余裕がありません。時差ぼけはあまりないのですが、この蒸し暑さにやられたというところです。まだ授業が始まっていないので助かりますが、忙しいまま冬休みまで突っ走らなければならなくなりそうです。最近、いろいろ書いたものやインタビュー記事がありますので、少し落ち着いたら、ここにも掲載したいと思います。世界がおかしくなった日よりちょうど6年ですね。 2007.9.11記

 この間、講演やシンポで追い回されていましたが、ようやく一段落。明日からはアメリカに資料調査に行ってきます。その間、メールは一切見ませんので悪しからず。日本のことは一切考えないのが何よりもの精神的なリフレッシュになりますので。
 ところで7月30日に米議会で慰安婦問題の決議があがり、私が関わっている「日本の戦争責任資料センター」でも「提言」を発表しました(このページの下部に掲載)。この決議は、安倍首相のような平気でウソをつく極端な右翼路線が国際社会から完全に孤立している状況を示すもので、東アジアの冷戦構造が大きく変わろうとしている動きの反映でもあると思います。
 こうした中で、いま、一つの動きとして表面化しているのが「和解」の動きです。もちろん東アジア地域での「和解」には賛成ですが、この間、日本の責任をあいまいにし、被害者を置き去りにした、権力者たちの手打ちとしての「和解」の仕掛けが進められています。アジア国民基金の元関係者たちの動きや朝日新聞の論調はその典型的なものですが、先日、朝日新聞のオピニオンの欄に、某教授の発言が掲載されました(小菅信子、『朝日新聞』2007.8.11)。これを読んだとき、唖然としたのですが、慰安婦問題に関して、「安倍首相の最大の業績は、日韓・日中の国際和解を促進させたことだ」と書いているのを見て、目を疑いました。「促進」というのは「阻害」の誤植ではないのか、さもなければブラック・ユーモアだろうと。あれほど元慰安婦の方たちを傷つけたことを無視して、安倍首相をこれほどほめたたえながら「和解」や被害者の「名誉回復」を言うなど、悪い冗談以外の何物でもないでしょう。そのオピニオンで書いていることは、河野談話の継承をメディアを通じて言うこと程度でしかありません。河野談話は右翼から攻撃されているとはいえ、日本軍の責任主体をあいまいにし、日本政府の法的責任と個人賠償責任を逃れられるようなものであったことはよく指摘されていることですが、それをほめたたえているところに、この論者の「和解」の本質がよく示されています。オピニオンを読むと、一見、被害者の受けた傷を気遣っているかのようなポーズは示しながらも、日本の国家責任を棚上げし、個人賠償も拒否し、韓国や中国の対応を「激情的なナショナリズム」だとばっさりと切り捨て(このような紋切り型のレッテル貼りしかできないような認識で「和解」を提言するなどということ自体が大問題なのですが)、そこから生れてくる「和解」とは一体なにでしょうか。
 中国政府・中国共産党は政治的思惑から日本政府批判を表向き控えているだけで、それを安倍が日中の和解を促進させたかのように判断していること自体、論者が権力者の論理で「和解」を考えていることがよくわかります。まして日韓のどこを見て、安倍が和解を促進させたなどいう判断が出てくるのでしょうか。
 朝日新聞が、こうした「和解」策動をバックアップし、「慰安婦」問題をまともに取り上げようとしないことは、メディアの自殺行為でしょう。朝日を含めてメディアが変質していくなかで、研究者や知識人(と称し、あるいは称される者)たちが時流に遅れないように、それに乗っかっていく姿があちこちで見られるのは、いつの時代でもそうなのかもしれません。
 極右路線が国際的に孤立しつつある状況で、日本の責任をあいまいにしたままの権力者の手打ちとしての「和解」(被害者のことをあたかも気遣っているかのようなパフォーマンスをともないながら)か、日本の責任を明確にした、被害者の視点に立った民衆同士の「和解」か、その対抗が、今後の一つの重要な対抗関係になりつつある、私たち研究者や知識人(と称される者たち)の真価が問われていると思います。
 暑い日々が続きますが、みなさんも健康には気をつけてお過ごしください。
2007.8.13記

  この8月は戦争に関わる番組がいろいろ放送されていますが、その中で、8月5日に放送されたBC級戦犯についてのテレビ朝日の番組に、私がチラッとでていたので、一言。一言で言えば、実にずさんで、間違いだらけ、ウソでごまかす、ひどい番組でした。少しだけ被害者にも気を使っているかのようなポーズを示しながら、結局、戦犯は犯罪者ではなく「殉難者」であると結論づけただけで、上官の命令に従った行為ではないからこそ、戦犯裁判でも極刑が下されたにも関わらず、裁判記録の内容を無視して、上官に従っただけの行為であるかのようにごまかしていく手法は、実にひどいものです。裁判記録を検証せずに、日本側の言い分だけで被告を正当化しようとする、と、私の本『BC級戦犯裁判』のなかで厳しく批判したことがそのままあてはまる番組でした。シンガポールでの取材の仕方もずさんで、ナレーションや田原総一郎の説明もまちがいだらけで、まともな取材も勉強もしていないことがよくわかるものでした。日本の加害責任にはまともに目を向けようとしない番組としか言いようがなく、私が話したことは(かなり時間をとって、何度も説明したにもかかわらず)まったく無視されてしまいました。BC級裁判については、まともな番組を作れない日本のメディアの問題は深刻です。
 6日の広島の原爆投下についての報道でも(いくつか見た限りでの印象ですが)、日本人の被害についてはこれほど感情移入して取り上げるのに、慰安婦にさせられた女性をはじめアジアの被害者のことなど、まったく無視したかのような語り口にうんざりしました。特集番組のなかには、いいものもありますが、全体として、日本の戦争責任・加害責任については退行現象が顕著のように感じています。たまたま私の見た番組だけがそうであったというのであれば、よいのですが。  
2007.8.8記

 3月以来の死にそうなほどの急がしさがようやく一段落した感じです。大学の講義が終わると精神的にグッと楽になります。今月末から8月上旬にかけて、しゃべる機会が何度もあり、それが終わるとすぐにアメリカへの資料調査、帰国翌日には教授会があるということで、夏休みはなさそうです。どこかで休養したいですね。
 ところで先日、ニューギニア北方のビアク島で歩兵第219連隊の西原大隊(大隊長西原登一大尉)と見られる日本兵たちの遺骨が多数確認されたという報道があり、驚きました。驚いたのは、遺骨が見つかったことではなく(多数の遺骨が放置されていることは知られていることなので)、その大隊長の名前です。同姓同名で、かつ階級から見て同一人物と思います。
 1942年3月にマレー半島のネグリセンビラン州で、第5師団歩兵第11連隊が村々で合わせて数千人の華僑を虐殺しました。この虐殺から生き残った方たちを日本に呼んで証言集会を開いたことも何度かあります。このネグリセンビラン州での虐殺の中心部隊が、同連隊の第2大隊であり、その大隊長代理が西原登一大尉でした(大隊長は任命されていたが着任が遅れたので、その間、大隊長代理を務めていた)。彼はニューギニアで戦死していたため、戦後の戦犯裁判にはかけられませんでしたが、もし生きていれば当然、起訴され、極刑は免れなかったでしょう。同州での主な虐殺事件は、彼の指揮下での粛清で実行されていたからです。彼の部隊がビアクに送り込まれ、全滅したのは日本軍指導部の責任であり、将兵はその犠牲者にされたといってよいのでしょうが、その前史として(西原の部下は関係ないでしょうが)マレー半島での華僑虐殺があったことを忘れてはならないでしょう。
2007.7.23記
 
  長年の懸案であったシンガポール華僑粛清(虐殺)についての本がようやく刊行されます(林博史『シンガポール華僑粛清ー日本軍はシンガポールで何をしたのか』高文研、定価2000円+税)。6月20日発売です。目次は、高文研のHPで見られます。
 現場を歩くための地図をいろいろ入れたかったのですが、あまり入れられませんでした。そこでくわしい地図は可能なかぎり、このホームページに掲載してダウンロードできるようにしたいと思っています。「シンガポール華僑粛清検問場所地図」をこのページの下部から見られるようしましたので、ご活用ください。
2007.6.12記

 不勉強でいまごろこんなことを言うのは気が引けるのですが、南京事件や「慰安婦」問題で、良識ある献身的な市民によって、非常にすぐれたホームページやブログがたくさん開設されていることを知りました。実によく勉強して、たくさんの重要な資料を掲載し、また右翼の馬鹿げた、ウソとデマをていねいに論破する努力をしています。その粘り強い努力に心より敬意を表したいと思います。われわれ研究者がやってきた研究や資料調査の成果を(それだけでなく、広く資料を調べて、研究者がまだ十分にやっていないことまで含めて)、こうして広く市民のものにする努力をしてくれる人々がいるということは、心強いことです。「関連するホームページとブログ」のコーナーにいくつか、そうしたものを紹介しました。

最近読んだ本でおもしろかったもの。
 田村理『国家は僕らをまもらない』朝日新書
 浜井浩一・芹沢一也『犯罪不安社会』光文社新書
 首藤信彦『政治参加で未来をまもろう』岩波ジュニア新書
 プロ教師の会編著『教育大混乱』洋泉社新書
 中西新太郎『<生きにくさ>の根はどこにあるのか』NPO前夜(発売 JRC)
 山田昌弘『少子社会日本』岩波新書
 吉見俊哉『親米と反米』岩波新書

 宮城晴美『母の残したもの―沖縄・座間味島「集団自決」の新しい証言』(高文研)を読み直しましたが、実に優れた研究であると改めて感じました。これを根拠に日本軍が「集団自決」を強制したことを否定しようとする文部科学省の教科書調査官らは、日本語がわからないバカか、よっぽどの悪意の塊か、どちらかでしかないでしょう。こんなひどい奴らと、学生時代に、同じ大学の同じ研究室にいたとは…………。
 6月下旬に新しい本が出ます。「慰安婦」問題、沖縄戦、戦犯裁判、米軍問題、そしてこの本、大学の授業あれこれ、とよく頭が混乱しないでいられるものだと我ながら感心します。本の再校を今日終えて、やっと一段落です。でも夏までに書かなければならない原稿の数、インタビューや取材、講演・報告……。過労死しないようにしましょう。
2007.5.29記

 この3月末には、いろいろな出来事が重なりました。そのためにいろいろなメディアから取材を受けましたが、その中で私の談話として掲載されたものを紹介しておきます。いずれも私が話したことを記者がまとめたものです。
 都知事選の結果は残念でした。しかし、たたかいを断念することは良心を捨て去ることになるからには、努力しつづけるしかないでしょう。その輪が広がっていくことを期待して。

[高校日本史教科書の検定において、日本軍が「集団自決」を強制した、あるいは強いたという記述が削除されたことに対してのコメント]

  日本軍が住民に「米軍に捕まるな」と厳命し「いざという時は自決するように」と事前に手りゅう弾を配ったことは多くの証言がある。集団自決で当日に部隊長が命令を出したかどうかにかかわらず、全体的に見れば集団自決は軍の強制そのもので、これを覆す研究は皆無といえる。国は、一九八〇年代に「日本軍による住民殺害」の記述に「集団自決」を書き加えさせたが、各教科書では、研究成果をふまえて日本軍によって強いられた集団自決であることを書いてきた。それを今回は、日本軍による加害性を教科書から消し去ろうとする政治的検定をおこなった。事実をあいまいにするひどい検定だ。(共同通信配信2007.3.31)

沖縄戦研究を全否定/現地の軍人も犠牲者
  
沖縄戦の当時、住民は「捕虜になるな」と軍人から繰り返し言われていた。あらかじめ手りゅう弾も渡されている。当時の部隊長が自決命令を出したかどうかが大きな間題ではなく、住民は国家体制、とくに軍によって集団自決へと追いつめられた。教科書記述の修正は、これまでの沖縄戦研究を全部否定するような話だ。最近になって新しい証言や新しい研究が出たわけではなく、政治的検定としか言いようがない。
(東京新聞 2007.3.31

 渡嘉敷島や座間味島での集団自決で、問題なのは当日の軍命の有無ではなく、自決前から日本軍が「捕虜になるなら自決しろ」と繰り返し、しかも手りゅう弾を住民に配っていた事実だ。その中で集団自決が起こるわけで、日本軍に強いられたものである。文科省の見解は、誰が住民を追い詰めたのかをあいまいにすることによって、日本軍の加害性を否定している。従来の研究成果を無視した暴論としか言いようがない。(毎日新聞2007.3.31)

[3月28日に発表された国立国会図書館による「新編 靖国神社問題資料集」の中に、強制売春の罪でオランダの戦犯裁判で起訴され、10年の禁固刑に処せられ獄中で病死した慰安所経営者が靖国神社に合祀されていたことが判明した。そのことについてのコメント]
 記載された男性はバタビアで慰安所を経営していた人物に間違いない。靖国神社の合祀対象は戦争に協力した人物であることが建前。慰安所経営者が、戦争に貢献したことを国が堂々と認めている。旧厚生省が「慰安所を経営してくれてありがとう」と言っているようなもので、重大な事実だ。こうした例があるということは、ほかにも慰安所経営者が合祀されている可能性がある。(東京新聞2007.3.29) 
2007.4.12記

 米議会で日本軍「慰安婦」問題についての決議がかかっています。それにかかわって、安倍首相をはじめ日本の極右たちが騒いでいます。日本の自民党や一部民主党などの極右は、フランスの極右からも、自分たちはあれほど極端ではないとあきれられるほどの極極右になっていますが、この非常識さはいったいどうなっているのでしょうか。さらに、それをきちんと批判しない、むしろそれを煽っている日本のメディアは。
 ウェッブ上では、そうした極極右の発言が乱れ飛んでいます。元慰安婦の女性たちを攻撃する(被害者をさらに徹底して苦しめようとする)、かれらの議論を見ていて感じるのは、人間性が枯渇してしまった、人の悲しみや痛み、苦しみのことなど一かけらも想像できない、オアシスのない砂漠のように、芯から干からびてしまったような感性です(もしかれらに感性などというものがあるとすれば、ですが)。ここまで、人を中傷、誹謗し、痛めつけても、なんとも感じない人間が、これほどまでに多いのか。かれらには、取り戻すべき人間性などないのでしょう。そうだとすれば、人間性を持っている者たちが連帯して、かれらを孤立させ、自分たちの醜さに恥じ入るようにさせなければならないでしょう(ここまで書いて矛盾していますね。恥じ入ることができるほどの人間性を持っていれば、いいのですが)。
 良心と人間性のある日本人よ、ここで声を上げよう。こんな日本社会を少しでもよくする努力をしよう。それが人間としての最低限の義務であり責任ではないのか、と考えています。 
2007.3.23記

 

 日本共産党中央委員会に次のメールを送りました。

日本共産党 さま

 日ごろから貴党の活動には敬意を表しています。
 今回の都知事選にあたって、石原を倒すための統一戦線に加わるように、心から求めます。
 昨年、私は、石原知事を倒すために統一候補を呼びかけている「東京。をプロデュース2007」に次のようなメッセージを寄せました。

 2002年のフランス大統領選挙で、極右を倒すために保守と左翼が手を組んで、極右政権の誕生を阻みました。
 よりよい政治を実現するために必要なことは、より悪いものを孤立させるために、幅広い人々が手を組み、協力しあうことです。負けてもいいから、自分の潔癖さを主張すればよいというものではないはずです。
 民主党や社民党、共産党、生活者ネット、その他の政党のみなさん。自己の党派的な利益・プライドのためではなく、都民のために大同団結してください。団結と言わなくても、緩やかでもよいので同じ候補を支えてください。自由と民主主義と平和主義の国日本の首都をこのまま民族差別と人種差別、平和主義を罵る、極端な国家主義者に委ねたままにしておくことこそが、良識ある政党にとっての恥ではないでしょうか。

 この呼びかけを、いま日本共産党に送りたいと思います。反ファシズム統一戦線の経験を思い起こしてください。ここで独自候補にこだわることは、ファシストを手助けする致命的な誤りであり、もしそうした過ちを犯すならば、共産党への信頼は地に落ちることでしょう。
 吉田氏が人物として優れた人物であるとは思いますが、いまは浅野氏で一致すべきです。
 英断を期待しています。
 
 市民の手で東京を変えるチャンスです。反石原統一戦線を求める市民の声に共産党は耳を傾けるべきです。それができないような共産党であれば、良識ある市民から見捨てられるでしょう。日本共産党は良識ある政党であることを示してほしいと思います。どうしても浅野氏を支持できないのならば、党として推薦しなくても、あるいは支持しなくてもかまいません。少なくとも反石原の市民の票が割れずに、一人の候補者に集中できるようにしてほしいと思います。
 安倍首相や麻生外相が、日本軍「慰安婦」問題でデマを言いたい放題言っているにもかかわらず、日本のメディアは批判するどころか、無批判にその言動を垂れ流すか、ろくに報道もしません。米議会で日本軍「慰安婦」問題についての決議が上程されていることについても、まともに取り上げようとしません。この腐りきった日本のメディアや政治家たちがはびこる日本を下から変える絶好のチャンスが、今回の都知事選になってきました。閉塞した日本社会を打破するチャンスを逃がしてはならないと思います。   
2007.3.3記
   上記の共産党へのメールに、3.5付で回答がありました。丁寧な回答ではありますが、浅野氏は支持しないという説明でした。  2007.3.18記

 インターネット上の雑誌Japan Focusに私の英語論文Government, the Military and Business in Japan's Wartime Comfort Woman Systemが掲載されました。以前に書いたものに少し手を加えたものです。編集者のMark Selden氏には大変お世話になりました。このウェッブ雑誌には、日本に関して興味深い英語論文が多数掲載されています。  2007.1.27記

 

年末年始のごあいさつ

イギリスから戻ってきて、また日本の現実に引き戻されてしまいました。ニュースを見ない、聞かない、読まないのが精神衛生上は最もよいのですが……。
 年賀状をいただきながら返事を出せなかった方々にお詫びとお礼を申し上げます。今年もよろしくお願いします。 
2007.1.13記

 2006年もいよいよ終わりです。安倍極右陰険内閣の成立、教育基本法の改悪、海外派兵・戦争参加をおこなうための防衛省設置法、日米両軍の戦争態勢の強化、働く者を徹底的に虐げる労働環境・生活環境の劣悪化、……。また一段とひどい年になってしまいました。その一方で国際情勢に目を転ずると、東アジアにはようやく平和への明るい希望が見えてきたというところでしょうか。北朝鮮のおろかな行為は、かえって新たな変化へのきっかけになりうると思います。ただ国際的に各地の人々が力量をつけてきているなと思う反面、日本人の主体的力量の劣化・弱化・空洞化のひどさは目に余ります。外からの圧力でしか、日本をよくする可能性はないのだろうか、と感じるこのごろです。
 この1年間、いろいろな分野の問題について書いたりしゃべったりしてきました。それもたくさんの方々にご支援ご協力をいただき支えていただいているからだと思っています。このホームページも多くのみなさんに見ていただき、あらためてお礼申し上げます。
 明日から、この年末年始はロンドンで過ごしてきます。資料調査をしながら、少し日本を外から眺めてこようと思います。この冬の間に本を書き上げる予定で、夏前には刊行したいと考えています。留守中はメールを見ませんので悪しからず。気分一新、2007年は少しでもよい年にしたいですね。みなさんもよいお年をお迎えください。  
2006.12.20記


 2007年の都知事選で石原知事を倒すために、統一候補を呼びかけている「東京。をプロデュース2007」の呼びかけ人になっています。その主催で11月26日にシンポジウムを開催しましたが、そこに私もメッセージを寄せました。それをここにも掲載します。

 2002年のフランス大統領選挙で、極右を倒すために保守と左翼が手を組んで、極右政権の誕生を阻みました。
 よりよい政治を実現するために必要なことは、より悪いものを孤立させるために、幅広い人々が手を組み、協力しあうことです。負けてもいいから、自分の潔癖さを主張すればよいというものではないはずです。
 民主党や社民党、共産党、生活者ネット、その他の政党のみなさん。自己の党派的な利益・プライドのためではなく、都民のために大同団結してください。団結と言わなくても、緩やかでもよいので同じ候補を支えてください。自由と民主主義と平和主義の国日本の首都をこのまま民族差別と人種差別、平和主義を罵る、極端な国家主義者に委ねたままにしておくことこそが、良識ある政党にとっての恥ではないでしょうか。

 自民党の強さは幅広い人々が、内心では嫌いながらも一緒にまとまっていることだと思います。極右からリベラルまで、どうして一つの政党に入っていられるのか、不思議になるほどですが、ある目標のためにはたくさんの大いなる違いを超えて結集するという点では模範でしょう。市民運動などに関わっている人たちはどうも自らの潔癖さと筋を通すことにこだわる人が多いようです。もっと妥協的になってもよいのにと思うのですが。0点からいきなり100点を目指さなくても、まずは5点、10点と高めていけばよいと思うのですが。                2006.12.7記

 北朝鮮が核実験をおこないました。実に言語道断の愚か者と罵倒したくなります。日本でも核兵器を持ちたがるアホウな閣僚や自民党幹部が出てきています。ブッシュー安倍ー金正日はつるんでいるのではないかと疑いたくなります。
 ただ北朝鮮を批判するときに、日本も日米安保によって核兵器を肯定する安全保障政策をとっており、多くの国民もそれを支持していることをどれほど自覚しているのでしょうか。自分のことを棚にあげて、よく他人を非難できるよ、とあきれます。自らが核兵器に依存しない安全保障政策をとること、それなしに北朝鮮を批判する資格はないでしょう。北朝鮮も日本も本当に自己チューの国としかいいようがありません。  
2006.10.19記

 この夏は沖縄で集中講義をおこない、これからワシントンに資料調査にでかけます。この8月は硫黄島の戦いについていくつかの番組を見ました。住民がいない戦闘についてはあまり関心がなかったのですが、こうした番組を見ながら、もっぱら戦史で語られている硫黄島の戦闘にかなり問題があること、特に兵士たちの実像が一面的に美化・美談にされているように思います。兵士たちを勇敢に戦ったと美化するにしても、日本軍の残虐行為を批判するにしても、どちらも戦場の兵士たちの姿を一面化しすぎているように感じています。あるいは軍隊や戦争というものの捉え方も。一面化、単純化しずぎることは、正確な理解と分析を放棄することにもつながっているように思います。最近は、そのあたりのことを意識して研究課題としています。まだまだ成果は出ていませんが、講演などでは意識してそうした視点で話しています。
 「沖縄タイムス」2006年8月15日付、で「住民虐殺」「集団自決」問題の特集が組まれ、そこに私の談話として掲載されたものを次に紹介します。

 日本軍や日本政府は米軍の残虐性を強調するなどのプロパガンダで意図的に極限状態を作り出し、兵士には死ぬことを強制し、同じことを住民にも求めた。近代国家の軍隊としては考えられない日本軍の特異性だ。
 例えば、慶良間の戦闘でも普通の国の軍隊であれば、軍隊は足手まといになる住民を置いて山にたてこもるだろう。しかし住民が米軍に保護されることさえも認めない日本軍は、住民を殺されるか、餓死するしかないような、逃げ場のない状態に追い込んでいった。
 集団自決や住民虐殺は、南洋のサイパンやテニアンでの戦闘から見られる。自国民でも投降しようとすると処刑したり、泣き声が聞こえるといって子供も殺したりした。そのようなことが日本軍が住民をかかえて戦ったところではあちこちで起きた。日本軍がいた場所では、どこでも同じ状況にあったことを示している。
 また、沖縄戦では、中国から移動してきた兵士が、中国の人々に対しておこなった残虐な行為を自慢げに話していた。沖縄の住民にとっては、「鬼畜米英」の捕虜になれば必ずひどい目にあう、という意識が刷り込まれていた。皇民化教育にくわえて、捕まるとひどい目にあうという、教育と脅迫の両方が行われていた。集団自決が起きた理由は、戦争だからという一般論では説明できない。以上のような日本軍と当時の日本社会によって作り出された特異な状況が生み出したと見るべきだろう。
                     2006.8.17記

最近、読んだ本でよかったもの(その2)。
本田由紀・内藤朝雄・後藤和智『「ニート」って言うな!』(光文社新書)
 「ニート」と青年を一方的に攻撃する日本社会のありようは、排外主義的なありようと共通していますね。

居神浩・三宅義和ほか『大卒フリーター問題を考える』(ミネルヴァ書房)
 
大学はもはや以前の大学とは違う。何がどう違うのか、教員はどうすべきか……。すごく勉強になりました。
田中優『戦争って、環境問題と関係ないと思っていた』(岩波ブックレット)
 こういうまっとうなことを素直に言える本はすごく大事です。授業でも使わせてもらいましょう。
石田雄『一身にして二生、一人にして両身―ある政治研究者の戦前と戦後』(岩波書店)
 政治学者としての石田さんのことをすごい人だなと思うようになったのは1990年代以降のことで、それが理解できなかった自分自身の見る目のなさを感じています。それに比べて最近の学者さんたちは……。
J.K.ローリング『ハリー・ポッターと謎のプリンス』(静山社)
 ベストセラーは読まないのですが、このハリー・ポッターは、面白いですね。同じようなジャンルのものをいろいろ読みましたが、人の描き方などすごく丁寧で、かつおもしろいですね。『ゲド戦記』も好きですが、映画になるのでこれを機会に最初からもう一度読み直そうと思っています。     
2006.6.22記
 もう一冊追加です。小沢牧子・中島浩籌『心を商品化する社会』(洋泉新書) いろいろな問題のつながりが見えてきました。   2006.7.13記

 最近、読んだ本でよかったもの。
乾彰夫編『18歳の今を行きぬく―高卒1年目の選択』(青木書店)
 現在の青年、特にフリーターやニート問題などでいろいろな評論が出ていますが、ある断片を取り出して大人たちが勝手な議論をしているのが多いように思います。これは最も正面から実態に基づいて議論しようとしている本です。一押し。
中西新太郎監修・新しい生き方基準をつくる会『フツーを生きぬく進路術』(青木書店)
 これもすごく勉強になりました。
高原基彰『不安型ナショナリズムの時代』(洋泉社新書)
 戦争被害者の心身の痛みへの鈍感さが致命的ではありますが、日中韓の排外的なナショナリズムの背景を冷静に分析したすぐれた本です。
愛敬浩二『改憲問題』(ちくま新書)
 憲法問題についてよく整理されているだけでなく、「護憲派」ではない私にとっても、著者のスタンスに共感を覚えます(もちろん私は改憲派などではけっしてありませんが)。
金子雅臣『壊れる男たち―セクハラはなぜ繰り返されるのか』(岩波新書)
 男が本当に壊れている、特に大人たちが……。
朴一、大田修ほか『「マンガ嫌韓流」のここがデタラメ』(コモンズ)
 これほどのウソ、でたらめ、間違い、詐欺だらけの本(「マンガ嫌韓流」のような)が出版されるだけでなく、人気を博す日本社会は、腐りきっているという以外に言いようがないですね。批判の労をとった執筆者のみなさんに心から敬意を表します。
畑山敏夫、丸山仁編『現代政治のパースペクティヴ―欧州の経験に学ぶ』(法律文化社)
 ヨーロッパにはたくさんのヒントがあって勉強になります。
吉永春子『さすらいの<未復員>』(筑摩書房)
 20年前に出た本ですが、兵士たちの心の傷、それが戦後も長い間、兵士本人や周りの人々に深く長い影を引きずる……。軍隊がどれほど人間にダメージを与えるのか、過去の問題ではありません。
2006.5.25記

 このほど、藤原彰『天皇の軍隊と日中戦争』(大月書店、2800円+税)が刊行されました。3年前に亡くなった藤原先生の論文集です。先生の著書には収録されていない内容の論文を集め、さらに先生の回想やほかの方からの追悼文を集めたもので、晩年の藤原先生の仕事の集大成です。ぜひみなさん、お買い求めていただき、読んでいただければと思います。なお私もこの本の編集に関わっており、同書の最後に「編集にあたって」という短文を書いています。それをこのホームページにも掲載しました。 2006.5.14記


最近読んだ本ですごくよかったもの―松山猛『少年Mのイムジン河』(木楽舎)。その中の一節を引用させていただきます。

「ジョン・レノンは、国境や宗教に隔てられない世界を夢見た。天国も地獄もない、皆がお互いを認め合う世界を夢見た。
 それはマーティン・ルーサーキング牧師の夢の続きにちがいない。
 世界は絶えず混乱し、不信に満ちている。
 我々の時代に、解決すべきは解決の努力をしてみよう。
 そしてそれでも時間が足りないのなら、せめてその夢を子供たちと、その未来の子供たちに託そうじゃないか。
 僕たち自身はその好ましい結果を、自分の眼で見ることも、魂を震わせて感じることもできないかもしれないが、いつの日か最良の日が来ることを、そしてそれを全身で感じる人々のための未来があることを信じよう。
 そして不信の原野の小石を取り除き、夢の畑を耕し、ひと粒ずつていねいに種を植え、水をやり続けることを始めたいと思う。」(p68-69)

 先日、沖縄の伊江島、辺野古、読谷などを回ってきました。心のなかがすっかり干からびた、いやな人間が闊歩しているなかで、こうした人々があきらめることなく努力しつづけていることは大きな励ましと勇気を与えてくれます。そうした人々を少しでも励まし、力になるような仕事をしていきたいですね。2005.3.7記

2006年を迎えるにあたってのごあいさつ
 2005年は、『BC級戦犯裁判』(岩波新書)を出しました。ほかにも日本政治社会論、日本国憲法問題、米軍基地問題、米軍の性暴力、シンガポール華僑粛清事件、日本軍慰安婦問題、日本軍とからゆきさん、沖縄戦などについてしゃべったり書いたりしました。それらの多くは2006年に活字になってみなさんの目に触れることになるでしょう。そろそろシンガポールの問題を本にまとめようと考えています。ゆっくりと落ち着いて研究をしたいと思いますが、戦争好きが闊歩する物騒な世の中になってきているので、静かな学究生活はとても無理でしょう……。
 2006年がみなさんにとってもよい年になりますように。 
2005.12.26記

年頭の追記  この正月はシンガポールに資料調査に行ってきました。帰ってくるとすぐに大学が始まり、年始のあいさつをいただきながら、返事を書く機会を逸してしまい、大変失礼したことをお詫び申し上げます。本年もよろしくお願いいたします。 2006.1.15記

 もう師走ですね。今年も終わりに近づいていますが、目が回るように急がしかったこの秋もようやく無事にすぎて一段落しつつあるところです。講演を引き受けすぎ、さらに11月末から12月上旬にかけて4つの論文の〆切が重なってしまったために、今なんの仕事をすべきか、次々とテーマが変わる毎日でした。それらも全部原稿を〆切前に送って、やっと解放されたところです。原稿を出して活字になるのを待っている原稿が8本もたまっています。これからその校正に追われるのですが。よくやっているな、と自分でも感心します。年内〆切の仕事はもうなし。ただ1月中旬までに400字×100枚ほどの論文と資料紹介を書かなければならないし、冬休みはシンガポールに調査に行くので休んでいられませんが。年内にもう一つくらい論文をここにアップロードしたいと思っています。 2005.12.5記

 お久しぶりです。夏の調査の疲れがたまっているようですが、秋学期も始まり、さらに次々にいろいろな仕事(というよりほとんど無償奉仕ですが)を頼まれ、休みを取れないうちに冬休みまで突っ走らなければならなくなりそうです。総選挙については言いたいことは一杯あるのですが、日本人の民主主義的力量の劣化のはなはだしさには愕然としてます……。それにしても得票率で50%(小選挙区)から40%(比例区)しか取れない政党が圧勝したとされ、それが民意だとされてしまう小選挙区制度のひどさ……。得票だけで見れば、自民党の言う郵政民営化への賛成票と反対票はほぼ同じであり、民意は真っ二つに分かれたというべきなのに、議席では郵政民営化が国民の声だとされてしまうトリック……。ただその背景には、小泉の単純なレトリック(レトリックというほどの細工もない)にはまってしまう軽薄さが……。イラクへの自衛隊派遣にしても、年金問題にしても、あれほど明白なウソをついた小泉首相が、批判されることなく人気を博するようでは、まともな民主主義が育つはずがないでしょう。その場その場でウソでごまかしても国民はすぐに忘れてしまうんだから(というより、そんなことすら関心がない……)。みんな、なんでこれほど考えなくなってしまったの? 野党第1党の党首には日米の軍と結びついた国防族が就任するし、小泉の後継候補はみんな2世ばかり……(極右もチラホラ)。愚痴しか出ない今日このごろですが、日本の平和主義も民主主義も一から出直すしかないでしょう。出直すだけの知力と気力が残っていれば、の話ですが……(……ばかりですみません)。でも予想外に「つくる会」の採択率を低く抑えることができたし、やっと涼しくなってきたし、前向きにやりましょう。   2005.9.21記   

 「女たちの戦争と平和資料館http://www.wam-peace.org/」がいよいよ8月1日にオープンしました。私も近いうちに行きたいと思っています。私はこの夏はアメリカ・シンガポール・沖縄と出かける予定です。資料調査や学会報告もあれば、休暇もありますが。教科書採択もいよいよ佳境です。日本人も少し冷静さを取り戻しつつあるのかな、と思えるような状況が生まれつつあります。右からの暴風に対する返し風を吹かせたいですね。暑い日が続きますが、みなさんにもよい夏でありますように。2005.8.1記

 6月は沖縄戦に関連する企画がいろいろあり、さらに韓国での学会発表もあって忙しかったですね。マスコミに出過ぎると、研究者として薄っぺらになってしまうので自制しようと思っているですが。
 先月、『BC級戦犯裁判』という新書を出しました。8カ国の裁判を扱うのでなかなか苦労しました。初めての、安くて薄い本ですので、ご購読ください。先日、近くの書店に行ったところ、売り切れで注文しているとのことでした。
2005.7.10記

 この間、日本がアジア諸国から孤立していることが浮き彫りになっています。確かに一部中国人の暴行などひどいものがありますが、かれらの行動にすべて「反日」とレッテルを貼って非難を浴びせながら、自らの行動を省みようとしない日本の政治家、知識人、マスメディアのひどさが目立ちます。何でも「反日教育」のせいにしてしまう無責任な議論の横行を見ていると、日本人の知的頽廃と傲慢さと、骨の髄までの自己チューにいやになります。
 先日、ヨーロッパで対独戦勝利60周年の記念行事がおこなわれました。ドイツはフランスその他の連合国と、和解と協調を示すことができました。
 アジアに目を向けると、今年は対日戦勝利60周年の年です。1945年は、アジア諸国が日本帝国主義の侵略戦争と植民地支配から解放された年です。それは同時に日本国民が戦争と暴力支配から解放された年でもあります。今年8月は、日本の侵略戦争と暴力支配から、日本人も含めてアジアの民衆が解放された記念すべき年であり、それをわれわれ日本人は中国や韓国、東南アジアの人々と共に喜びを分かち合うべき記念の年であるはずです。残念ながら、侵略戦争を正当化することしか頭にない連中が跋扈している現状では、そうしたことは夢物語でしかないでしょう。
 この9月にシンガポールで日本占領終結60周年記念のシンポジウムで報告することになっています。9月にやるのは、イギリス軍がシンガポールに上陸し、日本軍の支配から解放されたのが9月だったからで、9月上旬にさまざまなイベントが企画されています。日本の敗戦がアジアの人々にとって解放の日であったこと、そのことは同時に日本人にとっても戦争と圧制からの解放の日であったこと、そういうことをきちんと認識したいものです。
   
2005.5.15記  

 最近読んだ本でよかったもの。内海愛子・石田米子・加藤修弘編『ある日本兵の二つの戦場―加藤一の終わらない戦争』社会評論社/アントニー・ピーヴァー、川上洸訳『ベルリン陥落 1945』白水社/伊田広行『はじめて学ぶジェンダー論』大月書店/琉球新報社・地位協定取材班『検証〔地位協定〕日米不平等の源流』高文研/都立学校を考えるネットワーク編『学校に自由の風を!』岩波ブックレット
 石田米子さんたちの仕事はいつも、研究する者、話し、語る者のあり方を問い直す、緊張感と誠意のあふれるもので頭がさがります。職務命令だと強制、人間の良心を踏みにじる教育委員会や校長らの姿は、「上官の命令は朕(天皇)の命令」だと無条件で強制した旧日本軍の姿とダブってきます。職務命令だとか学習指導要領にこう書かれているとかしか言えない教育委員や校長たちの精神の貧しさといやらしさ……。「国を愛する」などというのであれば、米軍に媚びへつらい、無法を許している日米安保体制とそれを支える者たちこそ徹底して非難されるべきでしょう。
 琉球新報の仕事を正面から取り上げ問題提起するメディアが本土では皆無だし、旧来の日本の体制でもなく新自由主義・新保守主義でもない、別の選択肢(伊田さんは「新社会民主主義」と言っています。だいたい同じ内容ですが、私は、再生した社会民主主義+エコロギー+フェミニズム+平和主義と考えています)、すでに西欧社会のなかで、特に北欧でそうした方向が取られつつある、第3の道をきちんと提示するメディアがないというのは深刻な問題です。「改革」と言うと、新自由主義的なものしかないかのように人々を洗脳し続けている日本のメディアはどこまで腐ってしまったのか……。
 最近、いらだたしいこと、いやなことばっかりが続くのでついつい愚痴っぽくなってしまいます。こうやって書くことによってストレスを発散させて精神のバランスをなんとか維持しているのかもしれませんが。それにしても、そんな個人のホームページにこの一年だけで3万件ものアクセスをいただき、感謝するとともに不思議な気がしています。まもなく7年目に入りますが、引き続きよろしくお願いします。   
2005.3.26記 

 女性国際戦犯法廷をめぐるNHKと自民党政治家たちによる中傷攻撃、さらにさまざまなマスメディアによる個人中傷攻撃のひどさには怒りを持つとともに日本のメディア(とそれを作っている者たち)の卑劣さ、きたなさ、いやらしさに唖然とします。あそこまで嘘八百を平気でシャーシャーとくりかえせる安倍という人間の精神構造はどうなっているのでしょうか。それをくりかえし垂れ流すメディアも。日本のメディアと日本人はここまで堕落したのか、こうした極悪非道な連中が権力を握り、歯向かうものを徹底して痛めつけるというやり方に、憤りも感じない人間の鈍感さ、奴隷根性……。言い始めるときりがありませんが、まず何よりも個人攻撃をされている良心ある人々を支えましょう。こうした日本社会のなかでも毅然として良心を貫こうとしている人々の存在こそ、日本の誇りです。
 現在の状況はある面で1930年代とよく似ています。そのように考える理由は、1930年代において日本を侵略戦争に駆り立てたのは、たしかに軍部のなかの一定の勢力がその一つであることは言うまでもありませんが、軍全体が一気に戦争拡大でまとまっていたわけではありませんでした。むしろ政党政治家とマスコミ(当時は新聞や雑誌など)が排外主義を煽り、民衆のなかの排外主義が広がっていきます。民衆の熱狂的な排外主義熱は、冷静に対処しようとする政治指導者を攻撃し(中国からなめられているとか、弱腰だとか)、政策を硬直化させていきました。民衆の排外主義というのが、日本が侵略戦争に突き進んだ大きな要因でした。ところが戦後日本はそうした民衆や政党政治家、マスメディアの責任をすべて軍部に押し付けて、自分たちはあたかも被害者であったかのごとくごまかしてきました。現在の日本の状況は、政治家とマスメディアが排外主義を煽り、民衆が排外主義熱に感染し、冷静な議論ができなくなっています。侵略戦争や残虐行為を引き起こすのが、こうした政治家・メディア・民衆であること、そうした歴史がくりかえされつつあること、言い換えるとわれわれは歴史から何も学んでいないことをあらためて感じざるを得ません。ただそれに抵抗する力は1930年代よりは強いことは間違いありませんが。   
2005.2.5記

 女性国際戦犯法廷についてのNHK番組に対して、安倍晋三と中川昭一が圧力をかけ、番組を改ざんさせていたことがNHKの内部告発によって明らかにされました。教科書問題でも日本の侵略戦争を教えさせまいとする彼らのひどさとともに、NHK幹部のどうしようもない腐敗と堕落、非人間性を示す出来事です。
 テレビのいろいろな番組で取り上げられていますが、すべて勉強不足です。解説者やコメンテイターと称する者たちがまったく自分で調べようともせず、軽薄でバカなコメントばかりで、日本のニュース番組のレベルの低さにはあきれかえります。そんなことを言っていてもはじまらないのですが。
 私は良心と良識の示された長井暁プロデューサーに心から敬意を表します。朝日新聞にはまだわずかでも良心が存在していたことを示す記事でした。すでに長井さんらに対する猛烈な攻撃が始まっています。日本のどす黒い勢力に対し、良識ある人々の声を広げましょう。勇気ある長井さんを支えることは私たちの責任です。
  2005.1.16記

2005年の年明けにあたって
 日本社会は異常としか言いようのない状態が続いており、とてもおめでたいとは言えないのですが、今年こそはいい年にしたいと期待を込めて、新年のごあいさつをしたいと思います。
   この冬は戦犯裁判についての本の執筆に没頭しています(夏前に出る予定)が、研究対象を米軍内部の問題や基地問題にも広げつつあります。今年は、米軍の性対策、日本兵の天皇観、沖縄戦における日本人捕虜と脱走兵、シンガポール華僑粛清、シベリア出兵時のからゆきさん、の五つの論文(すでに書き上げたもの)が順次、刊行の予定です。今年は沖縄、韓国、シンガポール、アメリカ、イギリスなどに調査に出かける計画です。戦後60年、戦争をやりたがる者たちが増えているいま、良識と人間性のある、まともな人々の輪を少しでも広げたいと考えています。
2004.12.29記  

 アジア太平洋戦争中、インドネシアを占領した日本軍はジャワで10代の若い少女たちを日本で教育を受けさせる、看護婦の教育を受けさせるなどの名目で騙して集め、ジャワ周辺の島々に送り込みました。その船の中で兵士たちがレイプし、島々に駐留する日本軍の「慰安婦」=性奴隷にしていったのです。ところが敗戦とともに日本軍は引き揚げましたが、少女たちは放置され多くが故郷に帰ることができないまま棄民となったのです。セレベス島の東方にあるブル島に政治犯として島流しにされていたプラムディア・アナンタ・トゥールは島のなかを歩いてこの女性たちの悪夢のような運命を調べて歩きました。1970年代のことです。そのときに書いた記録がようやく今年、日本語に訳され刊行されました。『日本軍に棄てられた少女たち』(コモンズ)です(部分訳は『季刊戦争責任研究』第16号に掲載されています)。日本軍にもてあそばれて棄てられた少女たちの、その後の哀しい戦後と、彼女たちに対するプラムディアの熱い悲しみの思い……。プラムディアは次のように書いています。
 「先進諸国の人びとなら、人道に反する行為が起これば、たとえそれが何千キロ離れた土地や他国民のあいだであったとしても、わが身に起きたことのように感じるはずです。同様の行為が自国民の身に起きたならなおさらのこと、抗議運動があっても一向に不思議ではありません。さらに、同じ意見や考え方をもつ者たちと協力して組織をつくり、非人道的行為の停止を求めるのも当然です。少女たちの悲運からすでに数十年も経過しました。みなさんにあてたこの手紙は(この本のことー注)、少女たちのために何もなされていないことへの抗議の意味も含んでいます。」
 拉致問題では騒ぎ立てる日本人の多くは(北朝鮮の犯罪を批判することは正当ですが)、日本が拉致し性的にもてあそび捨て去った、数多くの少女たちのことはさっさと忘れ去り、それどころかそんなことはなかった、むしろいいことをやったのだと開き直ってさえいます。そんな姿を見ると、ハレンチ極まりない、血も涙も人間性のかけらもない輩(やから)としか言いようがありません。かれらの姿はモラルが崩壊した日本社会を象徴的に示しているようです。
 5月3日、7月7日、6月23日、8月6日、8月9日、8月15日、9月18日、12月8日……。これらの日は何があった日か。これくらいはすべて答えられるようにしてほしいと思うのですが、むしろすべて知らないというのが普通になっています。これらの日を知らないというだけでなく、日本がアジアの人々を苦しめたことも知らない、原爆で多くの日本人や朝鮮人などが殺され苦しめられたことも知らない、朝鮮戦争で韓国朝鮮の人々の血が流されることによって日本が大もうけしたことも知らない……。63年目の12月8日がやってきます。こんな状態では、新たな7月7日、9月18日、12月8日もそれほど遠くないかもしれません。そうさせないことが今を生きる者の最低限の責任であると思います。  
2004.12.8記

 世界中の期待に反してのブッシュの再選、それに続くファルージャでの米軍による大殺戮の開始、そのブッシュ政権を支え続ける日本政府、その小泉内閣への支持率の上昇…………。
 15歳から50歳の男子をファルージャに閉じ込め、無差別攻撃をするということはそれらの青年成年男子を皆殺しにしてもよいということを意味します。かれらをアメリカに反抗する者(あるいはその可能性のある者)と見なし、殺害の対象にしています。このことで思いうかぶのが、日本軍が1942年2月にシンガポールでおこなった大虐殺です。シンガポールを占領した日本軍は18歳から50歳までの中国系住民を集め、検証と称して日本軍に抵抗しそうな者たち(抵抗している者ではなく、その可能性があると見なした者たち)を集団殺戮しました。このことが住民の日本軍への不信と反感を一気に増大させ、日本軍の残虐行為に怒った青年たちは抗日ゲリラや抗日活動に参加していき、治安の悪化を招いたのでした。この日本軍の残虐さはその後も何十年にもわたって語り継がれているのです。その何も反省しない日本は、いまそうした米軍を全面的に支持し自衛隊を送り続けています。われわれは歴史から何も学ばない、底抜けの愚か者なのでしょうか……。 
2004.11.9記 

 アメリカから帰ってきましたが、蒸し暑い東京にはうんざりします。ようやく少し涼しくなってきましたが。共和党大会の直前までニューヨークにいましたが、ワシントンに移動した後だったので結局、テレビで見ただけです。ブッシュへの賛歌を奏でる、紳士淑女風の人々が延々と出てくるのにはうんざりしました。ケリーにしてもブッシュにしてもマッチョの競い合いで、アメリカ政治の不毛さ(それが世界中に災いをまき散らさなければ、勝手にしろとほっておけるのですが)にもうんざりします。
 今月中に3本の論文を仕上げ、2回研究会で報告しなければならないし、秋学期の授業も始まるし……という状況ですので、一段落ついたらこのHPも更新したいと思います。            
2004.9.12記

  戦後59年。日本社会は方向感覚を失い、生き物としての根を失って迷走しつつあるように見えます。ようやく小熊英二『<民主>と<愛国>』(新曜社)を読みましたが、非常に感銘深く、大変勉強させられた本でした。日本の戦後史をあらためて再構成しなおさなければならないと痛感します。小熊さんの研究は、最近流行しているうわついた“言説”研究ではなく、また自分は安全な所にいて右も左も斬ることによって自己の正当性を印象付けようとする厭味な研究でもなく、一部の閉鎖的なサークルでしか通用しない小難しい言語を駆使して自己満足に浸っている(としか思えないような)ものでもなく、地に足の着いた、平易な表現による、現実との緊張関係を持った、言説の研究であると思います。
 この夏は赤岳(八ヶ岳)と白馬岳に登ってきました。白馬岳は中学生のときに登って以来です。登山が中高年のものになりつつあることを実感します。地に足の着かない、浮遊した人間ばかりが増える日本社会、この社会が人間らしさ(というより人間らしさの基礎にある生き物らしさ)を取り戻すことはできるのでしょうか。
 この夏もまたアメリカに資料調査に行ってきます。戻ってくる9月には涼しくなっていてほしいですね。みなさんも熱中症には気をつけて、よい夏をお過ごしください!                                      
2004.8.11記 

  最近読んだものなかでとりわけよかったものは、石田米子・内田知行編『黄土の村の性暴力』(創土社)のなかの石田米子さんの論文「日本軍性暴力に関する記憶・記録・記述」、山口二郎・石川真澄編『日本社会党』(日本経済評論社)のなかの村上信一郎さんの論文「日本社会党とイタリア社会党」です。前者は、私にとって一言も発することのできないほどの重みと迫力のあるものでしたし、後者の「おわりに」に書かれている内容には深く感銘しました。数年前に読んだ佐々木力さんの魯迅についての論考もズシリと重たいものでした。内海愛子さんの著書『スガモプリズン』(吉川弘文館)を読んで、自分の認識の浅さを痛烈に感じさせられました。最近の政界でも学界でも、軽薄な言説が横行するなかでこうした気骨ある論考に触れると、身が引き締まる思いがします。         2004.6.3記

 イラクで捕まった5人が無事解放されました。まずはよかった。それにしてもその5人や家族への脅迫いやがらせ、中傷のひどさは一体なんでしょうか。政府や自民党公明党の幹部が率先して中傷を加え、さらにそれに同調する国民が少なくないという事態に、腐りきった日本社会の病理の深刻さが示されているように思います。しかも5人への中傷を政府や与党首脳があれこれ情報を流して扇動していたことがわかりつつあります。日の丸君が代での教員への強制脅迫、イラク派兵反対のビラ配りの市民への政治弾圧、などなど権力を批判し抵抗する市民への脅迫・弾圧・いやがらせが続いています。国家的いじめです。これほど悪質な政権をいまだ過半数の国民が支持し続けているということ、この状況を変えるには何をしなければならないか……。 2004.4.22記

 日本人3人がイラクで誘拐されました。このことは予想されていたとはいえ、日本政府が米英の侵略戦争と軍事占領、米英による数々の残虐行為を積極的に支持し、そのうえ日本軍を派遣して侵略軍に直接参加したことが引き起こしたことです。これまで1万人にのぼるイラクの民間人を殺し、いまも毎日殺し続けている占領軍を批判もせず、占領軍によって殺され傷つけられ無差別に逮捕監禁されているイクラの人々の痛みも悲しみも怒りも、まったく感じられない、人間性の枯渇した多くの日本人がそうした政府を支えています。日本政府とそれを支持する者たちこそがかれら3人の生命を危険に追いやっているということをしっかりと認識しなければなりません。と同時に、誘拐した者たちは、日本軍派遣に反対しNGOの一員としてイラクで活動している人たちを誘拐し殺害しようとしており、言語道断の卑怯な者たちです。
 日本政府と日本国民は、なによりも侵略戦争に加担したことを自己批判し、ただちに侵略と占領への加担から手を引くべきです。出発点の誤りから正さない限り、この問題の解決はないでしょう。      
2004.4.10記

 米英軍がイラクへの侵略戦争を開始してから1年がたとうとしています。日本もその侵略戦争を積極的に支持しただけでなく、占領軍としてイラクに乗り込み、直接の加害者として加担しています。スペインの総選挙の結果には大いに勇気づけられますが、ヨーロッパやアラブ世界を中心に、米英日の侵略ー軍事占領を許さない国際世論が健在であることはこれからの世界にとって貴重な拠り所となるでしょう。問題は、あれほどのうそをついて戦争に加担し、さらに米の侵略戦争に参加しようとする有事法制を進める小泉政権を半数の国民が支持し、マスコミもまともに批判しようとしない日本の腐りきった現状です。
 このページの下段に、日本の戦争責任資料センターの「連続ゼミナールのお知らせ」と、私も呼びかけ人に加わっている「日・朝の「和解」と「平和」を願う市民共同声明」を掲載しました。
     2004.3.18記

              年末年始のごあいさつ
 2003年もいよいよもう終わりです。今年もたくさんのみなさんにこのホームページをご覧いただき、ありがとうございました。私のただの個人的なHPにこれほど多くの方々が訪問していただくとは望外の喜びですし励ましです。
 2003年は日本がアメリカとともにふたたび侵略国家として公然と戦争をしかける国になったという意味で歴史のひとつの転換点となってしまいました。北朝鮮への脅迫と排外主義の横行、対外戦争を可能にする有事(戦時)法制、侵略者に加担する日本軍の派兵(来年になりますが)と、ひどい日本になってしまいました。
 私は、「護憲派」は実態としても論理としてもすでに破綻していると思っています。戦後日本の「護憲派」を乗り越え、私たちは加害者にも被害者にもならない、そのための想像力と創造力、それを実行する建設力を培わなければならないでしょう。
 ところでこの8月28日はワシントンにいました。40年前のこの日、ワシントンのリンカーン・メモリアルのテラスからマーティン・ルーサー・キングは人種差別反対の大行進フリーダム・マーチに参加した大衆に ' I Have A Dream' と呼びかけました。
 新しい年を迎えるにあたって、自らの未来は自らのたたかいによって切り拓こうという気持ちをこめて呼びかけたいと思います。 I Have A Dream !
 2004年もよろしくお願いします。
     2003.12.24記       

 総選挙が終わりました。いろいろ感想はありますが、自民党と民主党という強者の論理・帝国主義の論理の2つの政党が圧倒的多数を占めるという事態に対して、それに対抗する政治勢力をいかにして作るのかという課題が緊急の重要課題として提起されていると思います。自民党と民主党の2大政党制などアメリカ並の悪夢としかいいようがないでしょう。2大政党制が理想だ、などいう嘘っぱちに洗脳されている状況には唖然とさせられます。そういう点からも社民党と共産党の敗北の総括が必要です。
 社民党の敗北(そして近い将来の解党)はいわば必然でしょう。社会党時代、反共・暴力・利権あさりの部落解放同盟と癒着し、解放同盟と一緒になって革新自治体を破壊して自民党に代わるべき政治主体を潰し、政治改革と称して小選挙区制導入をおこない自らの墓穴を掘っただけでなく、政権を失って窮地に陥っていた自民党と手を組んで自民党の政権復帰を助け(村山内閣)、保守の利権構造の維持に手を貸すなど万死に値する致命的犯罪をくり返してきました。そして「護憲」という手垢にまみれた呪文をくりかえすしかできず、もはや今日の状況に立ち向かう創造性もなにもないことを示していました(もちろん社民党を支えてきた人々のなかにはすぐれた人々が少なくないことは十分承知していますが)。
 共産党について触れる前に私の政治的スタンスを示しておく必要があるでしょう。私は、日本の政治が腐っている重要な原因の一つは、健全な社会民主主義が育たなかったからだと考えています。今日の日本に必要なのは、<良質な社会民主主義(北欧のような)+エコロジー+フェミニズム+平和主義>の、普通の市民の立場に立った、かつアジアの市民との連帯を追求する政治勢力であると考えています。日本共産党は、日本の政党のなかでは政策的にはもっとも社会民主主義的でしょう。そのことは高く評価しています。しかし組織・運動論においては依然として共産主義的官僚主義の悪しき影響を引きずっています(以前に比べればかなり変化してきているとは思いますが)。共産主義が歴史上で果たした一定の役割は評価しますが、いまこそ共産主義・科学的社会主義を放棄し、上に述べたような新しい理念に基づいた政治勢力として根本的に再編しなければ、将来はないでしょう。
 西欧を見ればわかるように、保守勢力に対抗する勢力は、社会民主主義政党を中心として、ほかに共産党、緑の党などの政治勢力です。2大政党ではなく、多党制(多数の政党が存在)であると同時に、政権をとるためにゆるやかな保守ブロックとユーロ・レフト・ブロック(2大政治勢力)に分かれるとい形をとっています。日本が目指すのも、2大政党制ではなく、こうした多党制の2大政治勢力型でしょう。社民党と共産党を支えてきた人々は、自党のことだけでなく、こうしたグランドデザインを描きながら、新しい政治勢力の結集(ひとつの政党になる必要はない)を目指すべきでしょう。そこでは、いまは自民党や民主党のなかの少なくない人々とも手を結ぶことができるでしょう。
 さて、ではそれをどのようにして実現できるのか……。  
   2003.11.15記  
  

1週間ほど前にアメリカから帰ってきました。1ヶ月弱の調査でした。ニューヨークに少し寄っただけであとはワシントンの国立公文書館で毎日資料を見ていました。カメラで撮影した資料が約9600枚、コピーが約8000枚。前者は資料集を出す予定なのでそのためのものです。後者は日本軍の戦争犯罪ではなく主に米軍の分析のための資料です。このところ米軍自体を内在的に批判する作業をはじめています。まだ研究会で1度だけ報告しただけで活字にはしていませんが、来年にはその成果を出したいと考えています。なお日本の戦争責任資料センターの機関誌『季刊戦争責任研究』にこのところ毎号、アメリカ資料調査の成果を書いていますのでぜひご購読のうえご覧ください。先週刊行されたばかりの第41号(秋季号)には「グアムにおける米海軍の戦犯裁判(下)」と「資料紹介 アメリカが分析した日本人の天皇観」の2点を書いています。        2003.9.21記

 今年の8月15日はニューヨークの停電騒ぎのニュースの方がずっと大きいほど、静かに過ぎた感じです。しかしあの停電騒ぎは、もし有事法制を本土で発動するような事態になるとどうなるかを想定するうえでは参考になるでしょう。どこかの国が日本を攻めてきて上陸したという状況では(かりにあったとして)、当然電気などライフラインが止まることが予想されるからです。あの事態が何日何十日も続いた場合のことを考えれば、有事法制なるものがどれほど市民生活を破壊するものであるか、よくわかります。
 これから9月中旬までアメリカに資料調査に行ってきます。その間、メールはいっさい見ません。残り少ないですが、よい夏をお過ごしください。   
 2003.8.17記

 6月23日にあわせて沖縄に行ってきましたが、そのときにハンセン病療養所である愛楽園を訪問してきました。自治会長さんと副会長さんにもお会いして話をうかがい、また“沖縄戦と愛楽園”問題についての第1人者であるYさんに園内を案内してもらいました。一見、戦争や強制隔離の被害があったのかと思ってしまうような、いい天気の日でしたが、あらためて知らないことが多く、勉強不足を自覚させられた訪問でした。
 沖縄に行ったときに、『ひめゆりと生きて―仲宗根政善日記』(琉球新報社)を買ってきて先日読み終えたところです。この本を読んで感想を書けと言われてもとても書けるものではありません。戦争がこれほどの悲しみや痛み、言いようのない思いを深く深く心に刻み込むのか、重い気持ちで読み通しました。仲宗根さんが1973年に「戦争で傷ついたものが、次第に世を去り、新たに生まれ、戦争も知らない者だけの時代になると、またどういうことが起こるのか、恐ろしい気がする」と日記に書いていることが、いまほど実感として感じられる時はありません。
 いまちょうど広河隆一『パレスチナ難民キャンプの瓦礫の中で』(草思社)を読んでいるところです。5年前に出た本で、今ごろ読んでいるのかと言われそうですが。パレスチナ問題は、イスラエルが最初の侵略者であり、現在の問題はイスラエルにより責任があると思っていますが、しかし数十年にわたる戦火のなかで報復が報復を生む、戦争と憎しみの文化が万延してしまっていること、単純な加害と被害と言い切れない状況になってしまっていることに、どうしようもなくやるせない気持ちになります。侵略者に力で抵抗することをすべて否定することができないにしても、抵抗者自身が非人間化してしまうことは避けられないように思えます。その問題は植民地解放戦争をおこなったところでは、普遍的に見られるように思えるのですが。
 “戦争の文化”、それをなんとしてでも防がなければならない。わずかなきっかけでも防がなければならない、一度それが増殖し始めると手がつけられなくなる。戦後の日本はあれこれ批判すべきことがあっても、その“戦争の文化”を拒んできたと思います。いまは“戦争の文化”のウイルスが次々に注入されて、免疫のない者がコロコロやられているという状況でしょう。仲宗根政善さんの戦後の人生はまさにあらゆる“戦争の文化”を拒否しようとするものでした。ウイルスに犯された連中が勝ち誇ったように“戦争の文化”を称える日本の現状を仲宗根さんが見たならば………。     2003.7.17記

 有事法制が衆議院で通過してしまい、いま参議院で審議されています。この戦時法制は、アメリカとともに対外侵略戦争に日本も加担しようとするものであり、とりわけ東アジアの緊張を激化させるものです。また日本の安全保障という観点から見ても人々の生命と安全を守るどころか逆に多大の犠牲を強いる欠陥法制でもあります。こんな悪法が衆議院議員の9割もの賛成であっさりと通ってしまう(世論調査でも賛成のほうが多い)ところに、日本人の“平和ボケ”と、加害者意識の欠如と、人間的想像力共感力の欠乏と、思考力の低下が示されています。
 
侵略戦争に加担し、内外の人々を犠牲にする戦時法制(有事法制)を許すな!                                             2003.5.22記 

ワシントンに滞在していた最終日、アメリカによる戦争が開始されてしまいました。アメリカの戦争によって殺され傷つけられていく人々のことを考えながら、何とも言いようのない無念さ、悔しさ、憤りを感じています。
 
アメリカ・イギリスは直ちに戦争をやめよ! 殺りくはやめよ!
 日本政府は米英への追随を直ちにやめよ! 
 ブッシュよ、ブレアよ、小泉よ、人としての恥を知れ!
     
                                            
2003.3.23記

追悼 藤原彰先生
 私の尊敬する歴史学者であり、恩師でもある藤原彰先生が2月26日に亡くなられました。80歳でした。はじめて先生にお会いしたのは私が大学4年のときですが、先生を慕って一橋大学の大学院に入学してから大学院時代の6年間を含め、今日にいたるまで研究会やそのほかさまざまなところで暖かく指導していただきました。大学院時代は戦争や日本軍のことを研究していませんでしたが、その後、戦争犯罪や軍のことを研究するようになったのは、先生から沖縄戦の研究をやらないかと誘われたことがきっかけでした。多くの人々―日本の人々だけでなくそれ以上に中国やアジア各地の人々―を死に追いやった侵略戦争とそれを推進した者たちへの怒りと憤りが、陸軍大尉として中国戦線で戦争の実態を体験してきた先生が現代史研究に取り組み始めたベースにあったと思います。
 私は実質的に大学院の藤原ゼミの最後の院生(もう一人下にいますが)になりますが、修士課程に入ったときは、上にはオーバードクター○年目の大先輩をはじめそうそうたるメンバーがそろっていて、それぞれの報告に対して辛らつな議論がたたかわされていました。そのなかで先生はいつも院生の報告のよい点を挙げて、擁護して励ましていました。私も先生からいつも励まされたという記憶はあっても怒られたという記憶はありません。昨年の暮れに「伊波普猷賞」の受賞が決まったときに先生に電話で報告しました。そのときは比較的元気そうな声で「おめでとう、よかったですね」と喜んでいただきました。これが先生の声を聞いた最後になってしまいました。昨年のある対談のなかで先生は、育ってきた研究者の一人としてわざわざ私の名前を挙げてくださいました。先生にそのように認めていただいてうれしかった。先生にはどれほど感謝しても足りません。本当にありがとうございました。
 これまで日本軍についてなにかわからないことがあると先生に聞けばすぐに教えていただけました。もうそれができません。戦争を体験していない世代が、さらにその下の体験していない世代に語らなければならない、そのことを私たちは、体験者に頼ることなくおこなわなければならない、その責任の重さをあらためて感じています。  
2003.2.28記

 2月15日前後に世界各地で繰り広げられた、イラクへの戦争に反対する人々の行動は久しぶりに勇気づけられるものでした。私はちょうど韓国にいたのですが、ナヌムの家を訪問していて、うまく反戦集会に合流できませんでした。直接、集会やデモに参加した人々は数百万人にのぼるでしょうが、民衆のたたかいこそが、ブッシュをはじめとする戦争屋たちや、それにシッポをふって媚びへつらうブレアや小泉たちを孤立させ、国家によるテロを阻止するための力となるでしょう。かりに米英日が戦争を始めたとしても、平和へのたたかいこそが歴史の流れを変える力になるでしょう。
 イラクと北朝鮮への戦争(国家テロ)に
NO!       2003.2.20記

  2003年1月31日、このホームページへのアクセス数が10万件を突破しました。開設以来、3年10ヶ月の間にたくさんのみなさんに立寄っていただき、どうもありがとうございました。あちこちで、このホームページを見ていますよ、と声をかけていただき、ありがたく思っています。いやがらせや揶揄するようなメールも来ますが、それをはるかに上回る、励ましや真剣に考えているメールをいただき、このホームページを作ってよかったと思っています。正直に言って、この堅苦しい、重いテーマばかりのホームページをこれほどたくさんのみなさんに見ていただけるとは予想していませんでした。今後も最低月に1度は更新をしていきたいと考えています。Annexに現代史ギャラリーを春までにオープンしたいと考えています。これまで撮ってきた写真を順次、紹介する予定で、スキャナーでの読み込みは終了しましたのでもうしばらくお待ちください(S君にたいへんお世話になりました)。今後ともよろしくお付き合いください。
 この間、年度末の成績評価、さらに卒論や修論を読みながら、アメリカでとってきた資料を読んでいますが、つい先日、これまで知らなかった事実、それも戦後の日本社会が闇に葬り去ってきたことを発見しました。あらためて日本側の資料や文献で確認してみましたが、それらからは完璧に抹殺されていました。まさに「記憶」が「暗殺」されていたのです。今まで知らなかった自分の無知に衝撃を受けました。問題を整理して、近いうちに何らかの形で発表したいと考えています。
2003.1.31記

冬休みのワシントン調査から戻ってきました。この間の調査の内容については、このページの最後に紹介したように、1月23日に報告する機会がありますので、よろしければどうぞ。ワシントン滞在中に、松井やよりさんが亡くなられました。松井さんとは私がマレーシアに関わって以来、15年ほどの付き合いになりますが、いつも笑顔で私を励ましていただきました。私がフェミニズムから学ぶようになったのも松井さんとの出会いが大きかったように思います。すぐれた真のジャーナリストであり、フェミニストである、惜しい方を失いました。心から追悼するとともに、生前の努力にあらためて深い敬意と尊敬の念を贈りたいと思います。   2003.1.9記

2002年を送り、2003年を迎えるにあたってのごあいさつ
 まだ新年のあいさつには早いのですが、明日(18日)に授賞式のために沖縄に行き、そのまま19日からワシントンに行ってしまい、年末年始はワシントンで資料調査をしていますので、今年最後のご挨拶です。
 このほど、1年前に出版した『沖縄戦と民衆』が、沖縄に関する学術研究としては最も価値ある「伊波普猷賞」という賞をいただきました。
同賞は「沖縄学の父といわれた伊波普猷の業績を顕彰し、故人に続く郷土の文化振興と学術の発展に寄与すると認められる研究や著書に贈られるもの」です。伊波普猷という沖縄が生んだ最も偉大な思想家の名を冠した賞であり、私のようなものがもらっていいのだろうか、伊波普猷は天国でなげいているのではないだろうかと心配ですが、沖縄の方々にこれほど評価していただいたことは何よりうれしいことです。私の本は、これまで長年にわたってたくさんの沖縄の方々が努力を重ねてこられた調査研究、さらに何よりも沖縄戦のなかで生き抜き、あるいは生きようとしながらも倒れた方々、そして戦争と基地を拒否し平和のために主体的に闘ってこられた営みがあって初めて生まれたものです。そうした沖縄の人々こそ、伊波普猷が格闘した課題に立ち向かっている人たちであり、伊波普猷賞にふさわしいと思います。あらためてみなさんにお礼申上げたいと思います。
 先日、ある雑誌の座談会で井上ひさしさんとご一緒しましたが、井上さんの教養と思想の広さと奥深さの前に、自分の薄っぺらさを見にしみて感じました。年齢とともに自分自身も成長しているとは思うのですが、より広く深く理解すればするほど、自分が到達した地点の低さを痛感させられることが多くなりました。
 今年は、阿波根昌鴻さん、家永三郎さん、永富博道さんなど尊敬する立派な方々が亡くなられました。あらためて心から追悼したいと思います。
 最近はいやなことの多い年が続きますが、新年こそは少しでもよくなるように努力を続けたいと考えています。
    
2002.12.17記

 日本のマスコミが侵略戦争に国民を煽ったことから何も学んでいないこと、ナショナルな感情を煽ることによって国民を一つの方向に扇動することがこれほどまでにかんたんにできるのかということ、拉致被害者が、北朝鮮という国家の犠牲者であるだけでなく、反北朝鮮キャンペーンとそれを利用した政治的思惑に利用されるという点で日本国家の被害者にもさせられつつあるという国家のおそろしさ・醜悪さ、などなど、戦後日本がつちかってきたはずの平和主義・民主主義というものがこれほどまでに底の浅いものだったのか、と痛切に感じています。以前に小泉首相の、国交正常化交渉開始の決断を支持しましたが、彼には自分の主体性も状況打開の意志もないことがはっきりしました。
 国家や民族を超えた人々への共感と思い、それを育む努力を積み重ねていくしかない、とあらためて感じています。
 最近、10日間ほどオーストラリアに資料調査に行ってきました。キャンベラとメルボルンだけで、もっぱら公文書館に通っただけでしたが、実にさわやかですがすがしい初夏の天気に肺のなかまできれいになったような気持ちです。キャンベラの公文書館の回りの並木道を木漏れ日のなかを歩いているだけで、ジーンと感動してきました。ロンドンのハイゲートの並木道もすばらしかった記憶がありますが。   
2002.11.19記

 小泉首相の北朝鮮訪問について、やはり私のスタンスを示すべきだと思い、書くことにします。
 北朝鮮が拉致の事実を認め、問題となっている人たちほぼ全員の消息を明らかにし、金正日自らが謝罪したことは驚きでした。と同時に拉致疑惑のあった人たちがほぼすべてやはり拉致され、しかも8人がすでに死亡していることも驚きでした。この点では自分の認識の甘さを反省せざるをえません。遺族の怒りは当然でしょう。金正日のあれだけの謝罪の言葉では納得できないのは当然です。しかしこの問題をめぐるマスコミの感情的扇情的な反北朝鮮感情を煽る報道に、日本のマスコミのひどさを感じています。
 遺族たちがくりかえしテレビに登場していますが、その人たちを見ながら、私がずっと思い出し考えていたのは(そして考えつづけているのは)、日本軍によって殺され、傷つけられ、あるいは連行されたまま行方不明になったままのアジア各地の人々の、残された人々のことでした。これまでにマレー半島だけでも私は50―60人のそうした人たちと直接会い、話を聞いてきました。しかし日本政府はそうした人々に直接、謝ったことなど一度たりともありませんし、その声を聞こうともしてきませんでした。村ぐるみ虐殺されたところでは、確かに死んだ場所と日にちはわかっていますが、連行されたまま帰ってこなかった人々の場合は、その後どのようになってしまったのか、日本政府は調査をしたこともなければ遺族に報告も謝罪もしたことはありません。むしろ被害者の声を公然と無視しつづけてきています。これは日本軍の慰安婦として連行された女性たちに対しても同様です。彼女たちがどこに連れて行かれ、どのような境遇におかれて、いつどこで亡くなったのか、それを調査したことが一度でもあったでしょうか。遺族にそのことを報告し謝罪したことがあったでしょうか。拉致された人の家族が、なぜ拉致され、いつどこでどのようにして死んだのか、その事実と同時に責任者を明らかにし、処罰することを求めることは当然の行動です。しかし、日本政府みずからはそうした当然のとるべきことを無視して開き直り、多くの日本人はそうした政府の非人道的な姿勢を支持するか、あるいはどうでもいいことのように無関心でいつづけています。日本のなかには口先での謝罪すら、自虐的だと言って拒否しようとする輩がたくさんいます。日本軍慰安婦制度の責任者を明らかにし、処罰と謝罪、個人補償を求める、たとえば女性国際戦犯法廷のような運動に、さまざまなマスコミ、勢力が揶揄・攻撃を加え、ほとんどの日本人は無関心でいます。そうした日本人に北朝鮮を批判する資格などない、と思います。
 今回の会談で、日本政府は植民地支配について一応の謝罪をしましたが、国家賠償も個人補償も認めませんでした。強制連行された朝鮮半島の人々について、どこでどのようにして死んだのか、それを遺族に報告し謝罪することをやったのでしょうか。まったくやっていません。日本政府のやり方と北朝鮮のやり方は実は同じレベルの対応をしているとしか言えないでしょう。なのに圧倒的多くの日本人は、自分たちのことは棚に上げて、北朝鮮だけを非難する、実に身勝手でエゴイストです。
 このように書くと、北朝鮮を弁護しているという、日本語の読解力のない愚劣な中傷をおこなうものがいるかもしれませんが、素直に読んでもらえばわかるように、日本自らの巨大な犯罪を徹底的に明らかにしその責任をとろうとするもののみが、北朝鮮の国家犯罪を根本的に批判することができるし、またやるべきである、と思います。
 北朝鮮がこれだけのことを認めたのは予想もしていませんでした。これは日朝の関係改善、さらに東アジアの平和にとって最大の好機です。私は小泉首相を最初から一貫して支持してきませんでしたが、今回の北朝鮮訪問と国交正常化交渉開始の決断は、強く支持します。これは小泉首相の業績として高く評価したいと思います。北朝鮮を悪だと非難することはかんたんですが、しかし日本(アメリカも)が北朝鮮を敵視しつづけてきたことが、北朝鮮を追いやり、悪質な犯罪をくりかえさせることになったこと、そうした敵対関係をつづけたために拉致問題の解決が遅れたこと、も見ておく必要があるでしょう。あのような独裁政権は、まわりから敵視されることによって、それを国家統合のテコにしています。日朝の国交を正常化し、朝鮮半島の緊張を緩和し、経済関係を深め人的交流を拡大することを通じて、北朝鮮政権も変わらざるを得なくなるでしょう。そのことが拉致問題の真相を究明し、責任者を明らかにし、処罰することにつながるでしょう。敵対関係を続けることは独裁政権の延命に手を貸し、拉致問題の真相究明もできなくなるだけです。もちろん力によって北朝鮮を潰すという考え方もありえますが、それが朝鮮半島全体、さらにその周辺諸国に多大の犠牲を出すことを思えば、そうした手段はとても取ることができません。日本自身が、有事法制など軍事力による脅迫の安保政策をやめ、日朝の国交正常化と朝鮮を含む東アジアの緊張緩和に本気で取り組むことこそが今求められています。日本の政治に求められているのは、感情に走るマスコミと国民に迎合するのではなく、日本を含めた東アジアの将来のために、いまやるべきことをしっかりとやるリーダーシップでしょう。民主主義における政治家のリーダーシップが問われていると思います。    
2002.9.20記

 ようやく秋らしくなってきましたが、みなさん、この夏はいかがでしたでしょうか? 私はほぼ一ヶ月(途中一度帰国しましたが)アメリカにいました。前半は仕事を離れたリフレッシュに、後半はワシントンでの資料調査と、充実した夏でした。心身ともにリフレッシュでき、かつ重要でおもしろい資料をたくさん集めて帰ってくることができました。この秋は大学のもろもろの仕事・授業に加え、原稿執筆・講演・シンポ・座談会、研究プロジェクト(新たに2つが開始)、オーストラリア調査などなど息つく間もない日々が続きそうで、冬休みのアメリカ調査までひたすら駆け抜けるしかなさそうです。さっき一つ講演を引き受け、もうこれでこの秋は限界というところなので、もう今年はこれ以上、仕事は引き受けないことにします。ご了承を。
 さて留守の間に朝日新聞で記事が一つ出ていましたのでこのHPにも掲載しておきます。これは7月分とは別の記者による記事です。
 昨年は9.11の二日前にワシントンから帰国し、今年も同様の日程でした。アメリカで新聞やテレビを見ていると、アメリカ社会が実に内向きの情報しか流されない自閉的な社会かということを痛感します。一見、グローバルなように見えて、しかし実態は自分の視点でしか世界を考えられない社会という印象を受けます。9.11で亡くなられた方々を追悼し、テロリストを非難するとともに、アメリカによって殺されてきた何十万何百万という世界の人々を追悼し、アメリカによって傷つけられ苦しめられている、数多くの世界の人々に思いを馳せたいと思います。日本の戦争責任を解決するための努力は、このアメリカ(とそれに追随する日本)の野蛮な無法をやめさせる営みと結びつかなければならないと痛感しています。          
2002.9.13記


暑い夏が続きますが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。6月末から1週間ほどドイツとイギリスに行ってきましたが、寒いくらいで、東京にもどってくると蒸し暑さにうんざりしています。7月に入り、朝日新聞で二度、新しい資料についての記事が出ました。敗戦時の公文書廃棄と原爆関係の2件です。テキストを掲載しておきました。
 この夏は一ヶ月ほどアメリカに行ってきます。ですから次に更新するのは9月中旬以降になるでしょう。春にワシントンに調査に行って取ってきたコピーもまだ読んでいないものがたくさんありますが、さらにまた新しい資料を収集してきます。最近の大学はやたらと忙しく、時間がほしい、時間がほしい………。ではみなさんもよい夏を。
2002.8.1記

 このたび関東学院大学内のサーバーに本ホームページの別館を一部開設しました。関東学院大学林研究室のコーナーを別館に移設し、さらに映像資料コーナー<現代史ギャラリー>を作る予定です。これまであちこち歩いて撮ってきた写真を整理して掲載しようと考えています。ただその時間を取れないので、ギャラリーをいつになったらオープンできるかはわかりません。別館入口は下の方にあります。
 「琉球新報」6月16日付に私の見つけた資料の紹介記事がでました。文字部分だけを載せておきました。             
2002.6.20記
 

  明日からワールドカップ。チケットが取れず、テレビで見るしかないのであれば、日本でやろうが関係ないとも言えるのですが。私の応援しているのはイングランドです。イングランドというとフーリガンで悪名高いのですが、イングランド国内ではスタジアムからフーリガンは締め出されており、スタジアムの雰囲気は最高です。試合はイタリアやスペインと違って、激しいけれどフェアで最後まで全力でプレーをするし、イングランドのサッカーは最高のレベルとは言えないにしても、最も好きなものです。
 個人的にも日本代表を応援していますが(中村が落ちたのは納得できますが、なぜ名波が選ばれなかったのか、が理解できません)、正直に言って、スタジアムで日本の試合を見たいとは思いません。日の丸や海軍旗まではためき、天皇万歳の歌を聞かされるのは真っ平です。スポーツは、社会の矛盾から目をそらせ、人々にある種の情緒的一体感を醸し出すことを通じて、しらずしらずのうちに人々に国家主義意識を浸透させていく機能を持っています。ナチスに典型的に見られるように、さらに日本の近代においてスポーツ(あるいは体育)が国家主義注入に果たした役割に見られるように、スポーツが持つ危険性にもっと注意が払われる必要があるでしょう。
 フランスで極右が大統領選挙で躍進したとき、ジダンやデサイーをはじめフランス代表選手たちが極右を批判しました。日本のスポーツ選手のスポーツばかとも言える能天気ぶりはあまりにひどすぎますが。せめてその程度の良識はほしいですね。
 この一月、国家国籍を超えて人々を感動させる、すばらしいサッカーを楽しみたいと思います。         
2002.5.30記

二週間のワシントンでの資料調査から戻ってきました。ほとんど観光もせずに毎日毎日資料を見ていました。充実した生活で、おもしろい資料にもたくさん出会うことができました。実は、それらの資料のなかで、私がこうした日本の侵略戦争の問題に両足を突っ込むことになった原点がはっきりしました。
 マレー半島で華僑虐殺をおこなった日本軍の陣中日誌を見つけたことが、東南アジアへの侵略、戦争犯罪に取り組む、大きなきっかけとなったのですが、その陣中日誌が運良く残ったのは、その部隊が戦争末期、病院船に偽装した橘丸に乗り込んで移動していたところを米軍に見つかって、一個連隊がまるまる捕虜になるという事件のおかげでした。今回、暗号解読の米軍資料を見ていて、この橘丸についての解読電報を見つけました。米軍は暗号解読を通じて、日本軍が病院船に偽装して兵員の輸送を図っていたことを見抜いていたのです。船の航路は逐次、無線で連絡されていましたから、米軍はまさに待ち受けて臨検し、拿捕することができたのです。
 かくして米軍による暗号解読が、私の人生を大きく左右することになったのです(実際はこんな単純な話ではありませんが)。
 今回、ワシントンで見た映画、アカデミー作品賞をとったA Beautiful Mindの主人公は暗号解読者Code breakerになったこと(あるいはそう思い込んだこと)が物語の始まりでした。こんなところに暗号解読が出てくるとは、偶然の一致とはいえ、因縁を感じました。
 晴天の空の青さが目にしみる季節になりましたね。   
2002.4.5記

まもなく2002年度が始まります。毎年、新年度になると、どういう学生たちと出会うのか、期待と失望とが入り交ざった複雑な心境になります。少しでも前向きで意欲のある学生が講義やゼミに参加してくることを期待しています。
 このホームページにデジカメでとった写真を少しずつ入れることにしました。まずはいくつか沖縄の写真を掲載しました。
 3月の後半はワシントンへ資料調査にでかけます。春はもうすぐですね。
2002.3.11記

 2002年を迎え、新年おめでとうございます。
2001年は新世紀への期待を裏切る年になってしまいました。正月だからめでたいとはとても思えないのですが、新しい年こそはおめでとうと言える年にしたいものです。
 この3月で大学の役職は降りることができるはずなので、今年はアメリカへの資料調査(少なくとも2回、できれば3回)、ドイツでの学会報告など海外に出かけて、新しい仕事にチャレンジしたいと思っています。
 このホームページも予想をはるかに超える多くのみなさんにアクセスしていただき、ありがとうございます。みなさんにとってもよき年となることを!
  2001.12.31記           

 長年追いかけてきた沖縄戦についての本を12月初めに刊行します。『沖縄戦と民衆』(大月書店、5600円)という430ページほどの書き下ろしの本です。これまでの沖縄戦のイメージを大きく修正しようとする野心(?)作です。<売れない→価格が高い→ますます売れない>の悪循環で、値段が高いので恐縮ですが、ぜひご購入いただくか、図書館に買ってもらってください。最近の図書館は実績を示すために、ベストセラーを多数購入して、貸し出し実績を上げるという図書館の役割を放棄するような傾向を示しています。ご協力をよろしくお願いします。                 2001.11.26記
 12月7日に刊行しました。詳細はこのページの最後に。 2001.12.17記

アメリカは軍事行動を直ちにやめよ!
暴力の連鎖をさらに拡大するな!
イスラム世界への分断と抑圧を続けるアメリカの行動こそがテロの根源である。みずからの覇権主義と帝国主義的介入こそ清算せよ!
日本政府は、これを機会にと自衛隊を派遣し海外での戦争参加を正当化しようとする、火事場泥棒のような行動はやめよ!               
2001.10.11記

 暑い夏もようやく終わったようですね。同時テロの直前に日本に帰ってきました。アメリカでの史料調査は成果がたくさんありましたが、いつになったら発表できるでしょうか?時間が欲しい!
 滞在中にGeorge Washington Universityのアジア研究センターで日本軍慰安婦問題について話す機会を得ました。そこで韓国の方何人かと話をすることができて楽しかったです。
 いかなる理由があるにせよ、あのようなテロは断じて許せないし、徹底的に批判し、加害者を処罰する必要があると思いますが、“戦争”だと煽り立て、自分が警察官かつ裁判官かつ死刑執行人であるかのごとく、軍事的報復を騒ぎ立てるアメリカ政府、ならびに、これを機会にと自衛隊の海外での軍事行動への参加をもくろむ日本政府のやり方には同意できません。
 次から次へと、どうしてこんなに問題がおきるのでしょうか。人類はどこに向っているのでしょうか。                       
2001.9.22記

 来年度から使用する教科書の採択結果がほぼ判明しましたが、私の地元を含めてほとんどのところで「つくる会」の教科書を採用しませんでした。さすがにあそこまで教育委員はひどくなかった(東京都と愛媛県を除いて)わけで、日本の良識の勝利といえるでしょう。ただ一方で、歴史教科書全体として見れば、日本の侵略戦争と加害の記述が大幅に削られており「つくる会」の教科書を使わなかったとしても、教科書が80年代以前の状態に後退したことも事実です。その点では、全体としては右翼の攻勢に後退を余儀なくされたと見るべきでしょう。国家主義的利己主義者たちとのたたかいはまだまだ続くでしょう。
 ともあれ一段落して、私はこれからアメリカに資料調査に行ってきます。気分の転換です。後期の授業が始まる前には戻ってきますが、暑い日本の夏、みなさんもどうぞ健康に気をつけてください。                  
2001.8.16記  

 8月に入って久しぶりに山に行ってきました。奥秩父の金峰山〜国師ケ岳に登ったのですが、アプローチに不便なところであるだけ、杉林ではなく雑木林が残っており、趣きも違っていました。金峰山の頂上からの眺望はすばらしく、富士山をはじめ北岳などの南アルプス、木曽駒ケ岳、遠くに北アルプス、浅間山と360度の大パノラマでした。こうした景色にひたっていると、人間のあさましさがばからしくなってきます。東京スタジアムでのFC東京の応援ぶりもなかなか雰囲気があっていいのですが。
 「つくる会」の教科書は公立ではほとんど採択されない形勢です。日本人もまだまだ棄てたものではないと見直しています(本日、東京都教育委員会が養護学校の一部でこの教科書を採択したようです。こういう教育的観点のない、イデオロギーまみれの、ろくでもない者たちが教育委員とは!?)。栃木で採択協議会での決定をひっくり返しましたが、そこで大きな役割を果たしたのが、保守系の人々でした。教職員組合員がほとんどおらず、自民党の圧倒的に強いところで、「つくる会」の教科書を拒否したのは、戦争を体験した保守的な人々でした(旧革新派の役割を否定しているわけではありませんが)。戦後の自民党を支えた人々のなかには、自らの戦争体験から、戦争は二度とやってはならないと決意した人々がたくさん含まれていました。その人々は「つくる会」の戦争記述がインチキだということを見抜いていたのです。戦後の日本の平和主義は―その問題点は多々あり、日頃から私も批判しているのですが―、革新派だけでなく、保守派のそうした人々とともに作ってきたものです(私は両者を合わせて戦後民主主義派と呼んでいます。この問題を右か左か、という観点でしか考えられない人は冷戦時代のイデオロギーにいまだに毒されているのでしょう)。
 ただそうした戦争体験世代は急速にいなくなりつつあります。戦争を体験していない世代のなかに、「つくる会」のウソにかんたんにだまされ、戦争をすることに抵抗を感じない人々が増えてきています。特攻隊員が自らお国のため、“公”のために命を捧げた、などというインチキを素直に信じ込んでしまう人々を見ると、人間を見る目の貧困さ・浅薄さを感じざるをえません。人はそんな単純なものではないでしょう。自分自身について、人や社会との関係でもいろんな葛藤や矛盾があり、うまくいくときもあれば、うまくいかないときもあり、そうしたことの一つ一つを、人間を信じて、誠実さと意欲をもって自分の頭と手足を使って切り抜けていく、あるいは切り抜けられないときもたくさんある。そうした矛盾のなかで生きざるを得ない人間としての思考と営みが放棄されてきているように感じます。「改革」と叫ぶだけで、圧倒的多数の人々がワッとなって喝采するというような風景を見ると、みんな考えることを放棄してしまったとしか思えません。冷戦が終わり、中国も北朝鮮も変りつつあるにもかかわらず、日米安保堅持としか言えない無能な政治家とそれをよしとする国民は、思考停止状態としか言いようがないでしょう。
 日本の敗戦から56年。後になって、あの年は戦争の○年前だったと言われないようにしたいものです。
 最近読んだ本のなかで、この8月にあたってみなさんにぜひ推薦したいものを紹介しておきます。いずれも今年刊行されたものです(最後の本のみ1999年刊)。
・藤原彰『餓死した英霊たち』青木書店
・小森陽一・坂本義和・安丸良夫編『歴史教科書 何が問題か』岩波書店
・金子勝・高橋哲哉・山口二朗『グローバリゼーションと戦争責任』岩波ブックレット
・渡辺治『「構造改革」で日本は幸せになるのか?』萌文社    
・木佐茂男監修・高見澤昭治著『市民としての裁判官―記録映画「日独裁判官物語」を読む』日本評論社
                              2001.8.7記

 「新しい歴史教科書をつくる会」が作成した歴史教科書を読んでいます(批判を書くために)。中国や朝鮮韓国に対するむきだしの差別・敵意と欧米へのコンプレックスの強さに驚きます。日本はアジアからも欧米からもいじめられつづけている、かわいそうな被害者であり、戦争に引きずりこまれ、ひどい目にあわされた……と。それでいてやたらと日本の○○は世界一だ、アジア一だというような自慢話がでてくる。このイジケタ、ミジメッタラシイ性格をさらけ出した教科書を読んでいると、執筆者が哀れになってしまい、これでは日本という国家への「誇り」など生まれないのではないかと心配してあげたくなります。こういう人たちは何が起きても反省などすることなく、同じ失敗をくりかえしながら、自分はいつもいじめられていると騒いでいるだけでしょう。バブルの時代にあくどいことをしながら、いまになって自分たちは被害者であるかのようにふるまい、反省も責任もとらない大銀行の幹部たちと同じたぐいでしょう。森派の会長として森内閣を支えてきた人物が何の反省もなく、ただ「改革」をパフォーマンスするだけで80%、90%も支持率を得てしまうような社会だからこそ、こういう教科書がでてくるのでしょう。自分たちのおこなったことを冷静にふりかえり、批判すべきことは批判し、改善するという当たり前のことができない大人たちが、政府・文部省、教育委員会、自民党やあちこちにいて、しかも彼らが権力を握っている。こんな社会は見捨ててしまえというのも、わからなくはないのですが。 2001.5.17記

 このホームページを開設してから満2年がたちました。3万件をこえるアクセスをいただきありがとうございます。引き続きよろしくお願いします。
 日の丸・君が代の学校での強制はますますひどくなっていますし、国家主義史観の教科書が検定を合格し、あちこちの議会や教育委員会で良心的な教科書を排除して、この教科書を使わせようとする動きが見られます。排外主義を煽り、独善的な国家主義に凝り固まり、自分さえよければ、というこれほどまでに醜い人々がいるのか、人間とはどこまで醜くなれるのか、と愕然とします。KSD事件で逮捕された元参議院議員の小山孝雄と村上正邦、さらに逮捕は逃れたようですが大臣をやめざるを得なかった額賀福志郎元経済財政担当大臣などは、いずれも「新しい歴史教科書を作る会」に協力してきた人物たちです。国家を愛せよ、だとか誇りをもて、などと騒いでいる人々は、裏では醜いことを平気でやっている者たちでもあります。詐欺師に道徳を説教されるほど、われわれは馬鹿ではないことを示す必要があるでしょう。
 昨年2000年5月のNHKの世論調査では、日本がおこなった戦争がアジアの近隣諸国に対して侵略戦争だったと思うかどうかという問いに対して、「そう思う」が51%
、「思わない」が15%でした。侵略戦争だったと思う人が予想以上に多く、そう思わないという人を圧倒しています。ところが実際の政治では「そう思わない」人々が権力を握っているのです。 
 現在の政治の仕組みを見てみると、<60%×40%×50%=12%>という構造があります。説明すると、衆院選挙の投票率が60%ほどです。ほかの選挙ではもっと低くなります。小選挙区制が中心ですので、40%の得票で過半数を取り、政権をとることができます。与党を牛耳るにはその半分50%を取る必要があるとすると、この数式のように全有権者の12%で可能です。つまり全有権者の10数%の支持しかなくても、うまく勢力を結集すれば権力を握ることが可能になります。
 侵略戦争を否定する人々はけっして多数ではないし、51%の人々の力をうまく引き出すことができれば、国家主義者たちの策謀を失敗に終わらせることは可能でしょう。  
2001.3.31記

2001年を迎えるにあたって
 20世紀最後の日になりました。この1年は、大学での役職にともなう雑務と同時に、前半は沖縄戦の本の執筆、後半は女性国際戦犯法廷の準備に追われた年でした。20世紀中に日本の侵略戦争の被害者たちへの戦後補償問題に決着をつけられなかったことは残念でした。こんな馬鹿で、でたらめな世の中をもう少しなんとかしたいと思いながら、21世紀に入ることになります。静かな学究生活に入るなどということは‘夢のまた夢’の生活が続くでしょう。
 女性国際戦犯法廷で、昭和天皇と日本政府に有罪判決が言い渡されたときの、参加者の、とりわけ元「慰安婦」にされた被害者たちの感動のうねりを前にして、少しは彼女たちの心の傷を癒すことができたような気がしました。そしてそのために少しでも役に立つことができたのではないかと思うと、すごく感動しました。少し元気がでて21世紀を迎えられそうです。みなさんにとっても2001年がよい年となることを期待していますし、よい年にするために共に努力したいと思っています。 
 2000.12.31記

  いよいよ明日、12月8日から「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」が開かれます。私の役割などささやかなものにすぎませんが、この秋はこの準備に忙殺されてきました。1000人入る会場はすでに予約で満員とのことです。
  この法廷とのかかわりで、日本軍性奴隷制を裁く2000年女性国際戦犯法廷の記録 第4巻 『「慰安婦」・戦時性暴力の実態 U 中国・東南アジア・太平洋編』(緑風出版)の責任編集(東南アジア・太平洋編のみ担当、中国編は西野瑠美子さんが担当)を急きょ引き受けることになり、ようやく法廷に刊行が間に合いました。そのなかで私は編集責任者として総括的な文章を書いたのですが、その最後に書いた言葉をここに引用しておきたいと思います。一見‘良心的’な学者が多いと見られている歴史学・平和学・女性学などに巣くう頽廃に憤りを持っている者として、一言書いておきたかったからです。法廷の成功と戦争責任・戦後補償問題の前進のためにみなさんの協力と尽力を期待しています。

 女性国際戦犯法廷は12月12日、昭和天皇と日本政府に対して、人道に対する罪を犯したとして有罪判決を下しました。判決は要旨だけですが、格調高い、感動的なものでした。しかし、特に天皇を裁いたことが持つ意味について、メディアはいずれも触れるのを逃げています。いずれもう少しくわしく書く機会があるでしょう。ともあれ法廷を実現した各国の女性たちの努力と志にあらためて敬意を表したいと思います。  2000.12.14記

「……ともあれ本書がさらなる真相の解明と被害者の救済のためのステップとなることを期待したい。ところで奇妙なことに東南アジアを専門とする研究者はほとんど、日本軍の性暴力あるいは戦争犯罪・戦争責任について研究しようとしないし、被害者の声に対しても冷淡な現状がある。アカデミズムの中に閉じこもり、無難なテーマを取り上げて“業績”をあげ、大学のポストを確保するしか関心のない“学者”たちに対して、VAWW-NETに参加してきた市民の力によって初めて本書の第U部(東南アジア・太平洋編)が可能になった。さらにそれぞれの執筆者は一人ではなく、その背後にはその努力を支え協力してきた多くの人々の存在がある。そうした人々のなかにこそ未来への可能性があると信ずるし、本書がそうした人々の営みに少しでも貢献することができれば望外の喜びである。」                                            2000.12.7記

  6月23日前後に沖縄に行ってきました。森首相の顔も遠くからですが拝見してきましたが、新しくできた沖縄県立平和祈念資料館は2日続けてじっくり見てきました。旧館に比べてはるかに大きな建物になっており、当然、改善されている展示も多かったですし、他方、わかりにくく改善が必要なものもいくつか気が付きました。そうした問題はここでは置いておいて、非常に気になったのは、旧館やひめゆり平和祈念資料館に比べて、インパクトが感じられなかったことです。旧館もひめゆりも両方とも20回近く行っているので、感覚がマヒしてきているのかもしれませんが、それだけではないのではないか。なぜだろうとずっと考えていますが、私なりに気付いたことは、沖縄戦の中での人々の一人一人の生き様、死に様が見えてこない、だから見学者にとっては抽象的な訴えしかなく、自分自身が問われることがなく、展示を見て回ることができるのではないか、ということです。ひめゆりの場合、実際に行かれた方は感じられたと思いますが、亡くなった一人一人の顔写真が展示してあります。通常の展示などはワイワイガヤガヤとつまらなさそうに通り抜ける女子高校生たちが、顔写真の展示室に入ると、人が変ったように神妙になり、証言に読みいっている姿が見受けられます。ひめゆりの体験は、抽象的なものではなく、亡くなった一人一人の学徒から見学者に訴えられており、その前では、自分は関係ないといって通り抜けられないものを感じているからではないかと思うのです。旧館でも、沖縄戦をくぐりぬけた着物や、じっくりと証言を読ませる雰囲気の証言の部屋がありました。沖縄戦をくぐりぬけた着物は新館でも展示されていますが、なぜか説明がなくなっていて、初めての人には何かわかりません。
 沖縄戦を生きた人たち、あるいはそこで亡くなった人たち一人一人が、見学者一人一人に話しかけるような、見学者が自分に対して語りかけられているのだと自覚できるような、そんな資料館であることが大切なのではないかという気がしています。

 なお体調を崩したことをここで書いたところ、たくさんの方からご心配とアドバイスをいただきました。お会いしたことがない方からも励ましていただいて、支えになります。まだ本調子ではありませんが、ぼちぼちと仕事を再開しています。ありがとうございました。 2000.7.5記

 

 1か月ほどご無沙汰していました。実は4月はじめから突然、腰、背中、肩、首、腕と痛みとコリがひどくなり、腕がしびれてしまい、そのためキーボードをたたくことができなくなってしまいました。これまでの人生の中で肩こりや腰痛と無縁の生活をしてきただけにショックでした。生まれて初めて、指圧や鍼に通いはじめました。パソコンのし過ぎで、半年や1年分の疲れが溜まっていると言われました。昨年の前半は、取り掛かっている本のデータベース作り、秋からは執筆、とパソコンに向う日日が続いていたので、そのつけが一気に出たようです。運動不足には気をつけていて、トレーニングはやっていたのですが、上半身のストレッチなどは不十分だったことに気付きました。この間、メールをいただきながら返事を出さずに失礼しました。
 少しよくなってきて、キーボードは少し打てるようになりつつありますが、少し無理をすると腰から腕にかけてあちこちにひびいてくる状態です。仕事を控えろという天の声だと思って、しばらくは原稿書きの仕事は控えようと思います。
 パソコンをよく使う方はどうぞご注意ください。身体に自信があるとかえって無理をしても気が付かず、突然、ドカンと来てしまうようです。
 このホームページもまもなく1万回のアクセスに届こうとしていますのでいろいろ更新したいことはあるのですが、のんびりとやっていこうと思います。   
2000.5.8記

このホームページも開設してから1年がたとうとしています。1年の間に9千人近くの方々にアクセスしていただき、どうもありがとうございました。平均して月2回更新してくることができましたが、今後も月1回はなんとかやっていきたいと思っています。世界のあちこちから問い合わせや励ましをいただいたり、Webサイトだから出会ったのだろうと思われる方々からの連絡をいただき、ホームページを設けた意味があったと思います。新年度は予想通り、大学で忙しい役職につくことになり時間をとりにくくなりますが、更新や改善の時間を確保したいと思っています。 2000.3.28記

  1999年も終わりです。たくさんの方々にこのホームページをのぞいていただいて、お礼申し上げます。
 今年はずっと沖縄戦についての本を読んでいました。おそらく400〜500冊くらいを駆け足で目を通したと思いますが、その中でよく出てくる話があります。それは、ある人(学校の先生であったり、ほかの大人であったりします)が少年や少女たちに、この戦争は負ける、軍の言うことはウソだ、ということをこっそりと話し、なんとしてでも死なずに生きのびるんだと話すのです。ところが少年や少女たちは、当時の教育や軍の宣伝を信じ込んでいるので、そうした話を頭から信じようとせず、そういう話をする者を非国民、スパイとして扱うのです。
 こうした話はもはや過去の出来事と思っていましたが、最近、こうした構図が他人事とは思えなくなってきました。なぜこんな世の中になってきたのか、自分がやってきたことが一体なんだったのか、考え込まされます。
 沖縄に基地を押し付けていても平気でいるような輩がまわりにうようよいて、人間不信に陥っているこのごろです。名護市長はかつては、公共事業依存の経済からの脱却を目指して、別の道を模索していた人物ですが、いまは権力に迎合してしまっています(いくつかの条件をつけて基地移転を容認して、金だけはもらっておいて、後になって条件が満たされないから基地は拒否するという芸当をやるような、したたかな人物であれば別ですが)。琉球王国のすぐれた研究をしていたある研究者は、大田県政打倒で動き、すっかり御用学者になってしまいました。人が考え方を変えること自体を批判するつもりはありません。私自身、これまでにもずいぶん変わってきました。しかし権力(あるいは強者)に媚を売り、迎合するような輩に、次々に転向していくのはなぜでしょうか。不正を怒り、それを正そうとするのではなく、不正をおこなっている強者にすりよって、自分も甘い汁を吸おうとする者がなぜこんなに多いのでしょうか。そういう人間にだけはなりたくない、その気持ちだけはなんとしてでも持ちつづけたいと思っています。
 しかしまた他方で、日本だけでなく沖縄、韓国、北朝鮮、台湾、中国、マレーシアなど、懸命に努力している、信頼できるたくさんの人たちとも出会いました。そうした人々の努力にこそ、未来を託したいし、自分もその輪に加わっていきたいと考えています。
 2000年がみんなの力でよい年になるようにしたいと思います。  
1999.12.28記

 最近、ある県立女子高校の3年生に講演をする機会がありました。日本の政治における女性の地位の低さの問題と日本軍慰安婦などの戦争責任への対応を結びつけた話をしたのですが、みんな真剣に聞き入ってくれ、質問が次々と出ました。さらに終わったあとで数人が残って2時間以上、話をしました。質問のレベルの高さ、問題意識の鋭さに驚かされ、これほどまじめに、しかも深く考えているのか、と感動しました。残念ながら私の大学の講義やゼミでもこれだけのレベルの議論を聞いたことはありません。高校3年生というのは、女性として自分の進路を真剣に考えようとしている時期で社会の矛盾などを感じざるを得ない時期にさしかかっているからでしょうか。大学に入ってからも(その高校はほとんど進学するそうですが)こうした姿勢を持ちつづけてほしいと願っています。こうした生徒たちと出会えて、私自身、すごく励まされました。講演に行って、元気づけられて帰って来るというのはあまりないのですが、今回はこちらがエネルギーをもらってきたという感じで、私を呼んでいただいた生徒や先生方に感謝しています。

 11月下旬は沖縄に調査に行ってきました。そのときに沖縄県の佐敷町でおこなわれた「米日の冷戦政策と東アジアの平和・人権」国際シンポジウムに参加してきました。日本、沖縄、韓国、台湾などから参加者があり、日本の植民地支配や日本軍慰安婦問題、韓国や台湾における独裁政権による民衆弾圧、米軍基地問題(女性に対する暴力など)など、戦前戦中戦後を貫く、日本とアメリカ、ならびにそれに追随する勢力の国家テロについての報告がたくさんされました。日本の東アジアの植民地支配が1945年で終わったのではなく、その後はアメリカがヘゲモニーを握って日本に代わって支配者として君臨し、それに日本やかつての対日協力者たちがくっついて、民衆に対して治安維持法を受け継いだ恐怖政治を継続し、しばしば民衆の大量虐殺をおこない、あるいは逮捕拷問を加えてきた、というアジアの冷戦構造の特質がえぐりだされていました。日米安保体制というものが、東アジアの民衆に対して持っている加害性をあらためて考えさせられましたし、東アジアの戦後史をトータルにとらえる視点を得ることができました。報告の中でも、駐韓米軍の性犯罪とたたかっている「駐韓米軍犯罪と女性」の報告はきわめて水準の高い感動的なものでしたし、今年はじめ13年8ヶ月ぶりに釈放された韓国の元政治犯の報告、台湾の少数民族の女性の報告も心を揺さぶられるものでした。冷戦体制とそのもとでの独裁権力とたたかってきた韓国や台湾の人々の力強さに励まされながら、他方で日本のどうしようもない情けない状態が対照的で、問題は日本なのだということを強く強く意識せざるをえませんでした。日本人は主体が融解してきている、腐ってきているという現実に、どうすればよいのか、重い課題です。 1999.12.2記