書評      『図書新聞』3009号 2011.4.9                

高嶋伸欣・関口竜一・鈴木晶『旅行ガイドにないアジアを歩く マレーシア』梨の木舎、2010年

                             林 博史


 東南アジアに対する日本(軍)の侵略、特にマレー半島における日本軍の残虐行為について、その実相を明らかにする努力の先駆者と言ってよいのが、高嶋伸欣さんだと思います。彼が案内役を務めるマレー半島の旅には、多くの教員や市民が参加し、その輪は大きく広がり、特にその旅の参加者が中心になって支えている、市民の集まりであるアジアフォーラム横浜は、毎年12月8日の東南アジアへの侵略戦争が開始された日を忘れまいと、毎年その前後に、東南アジアから戦争被害者を招待して証言集会を開催しています。
 マレーシアへの訪問が100回を超えるという高嶋さんの蓄積された情報が、こうした本の形で出されることは長い間、待ち望んでいたことでした。ぜひ、みなさん、購入して読んでください。マレーシアに行くときにはぜひ持って行ってください。  2011.6.9記


 本書の著者である高嶋伸欣氏が案内役として企画した「戦争の傷跡に学ぶマレー半島の旅」に私が参加して、タイからシンガポールまで戦争の現場をたどったのは一九八七年八月のことだった。そのときにマレー半島各地での日本軍による華僑虐殺が一九四二年三月に集中していることに気づき、帰国後、防衛庁防衛研究所図書館で史料を探したところ、その粛清(虐殺)をおこなっていた部隊の陣中日誌を見つけた。新聞で発表したがそれが広島の部隊だったこともあって原爆投下との関連で注目された。そして高嶋氏が長年の努力によって得てきた地元の人々との信頼関係があったおかげで、現地調査もスムーズに運んだことを思い出す。こうしてマレー半島での華僑粛清の実態が詳細に明らかにされるようになったが、高嶋氏の長年の努力なしにはできなかっただろう。

 「マレー半島の旅」は現在もなお継続しており、延べ六百人を超える市民が参加し、その経験を日本社会の中で伝える役割を果たしている。それが刺激となってマレー半島を訪問するスタディツアーも企画されるようになった。

 一九七〇年代から始まった高嶋氏のマレー半島への訪問はすでに百回を超えるというが、村々を訪ねて地元の人々の証言を集め、現場を訪問する地道な努力の蓄積が、こうしたマレー半島の旅を可能にしている。高嶋氏の膨大な蓄積がまとめて紹介されることを多くの人々が期待していたが、それがようやく本書として刊行された。関口氏と鈴木氏も高嶋氏の「マレー半島の旅」に参加してから、自らも各地を歩いて調査をおこなった方々であり、マレー半島の東海岸やボルネオの情報も貴重である。

 日本軍による残虐行為に関する追悼碑はわかっている限りでも七〇か所を数え、それらの碑の写真や碑文の内容、現場への行き方まで丁寧な地図もつけてくわしく紹介されており、読者が自分で現地を訪問できるようになっている。日本軍による占領時代の記述が中心であるが、それにとどまらずその背景となったマレー半島の政治経済文化事情についても歴史から現在までコンパクトに説明され、マレーシアを総合的に把握し、その中で日本占領時代の持った意味を理解しようとする姿勢がよくわかる。

なお終戦後の四五年九月五日にマラッカで日本軍による虐殺事件が起きたことに関連して、英軍を主力とする連合軍の進駐が遅れたのはマウントバッテン最高司令官の命令だという説明がなされているが、これはマッカーサー司令部の命令によるものである。またマレー半島での日本軍の陣中日誌の持つ資料的価値を重視するためか、南京を含めて中国などでの日本軍の残虐行為について日本軍の資料があまりないかのような叙述がされているが、南京事件などは膨大な日本軍資料が残っており、こうした叙述は誤解を招く。その他歴史的叙述についてはいくつか気になる箇所があったが、本書の価値を減ずるものではない。増刷の際にそうした箇所を訂正していただければ幸いである。

 一つの追悼碑を探し現場を確認することだけでも大変な努力が必要であり、本書の一ページ一ページに三〇年にわたる努力が刻まれている。マレーシアを訪問する際には、本書を持ってせめて一か所でもよいので現場を訪ねてほしい。