これは2000年2月22日の朝刊用に共同通信から配信された記事の全文です。「産経」「信濃毎日」「沖縄タイムス」「琉球新報」など各地の地方紙に掲載されました。
  この1月に一週間、ロンドンの国立公文書館に調査に行ってきました。調べようとしたテーマは、沖縄戦に関する英軍資料と連合国が性暴力を戦争犯罪としてどのように認識していたのか、という二点でした。後者に関する資料を見ていたときに、この記事になった資料と出会いました。この調査にあたっては滝知則さんに協力をいただきました。あらためてお礼申し上げます。

 この記事の意味について少し解説しておくと、第2次世界大戦後、BC級戦犯裁判がおこなわれましたが、連合国はそれぞれ国ごとに根拠となる法律を作り、各国ごとに裁判所を設けて戦犯を裁きました。東京裁判やニュルンベルク裁判は連合国の国際法廷だったのですが、BC級戦犯裁判は国ごとにおこなわれました。実はなぜBC級戦犯裁判がそのような形になったのか、よくわかっていないのです。BC級戦犯裁判についてはまともな研究がおこなわれてこなかったことに原因があります。時間が取れれば、あらためてBC級戦犯裁判とは何だったのか、資料をじっくり見て考え直して見たいと思っています。    2000.2.28記


2000年2月21日共同通信記事(2月22日朝刊掲載)

葬られたBC級国際法廷/長期化嫌い英が設置拒否/英国立公文書館で資料発見

【ロンドン21日共同】

第二次大戦の終結に向け、BC級戦犯を国際法廷で裁く「連合国戦争犯罪裁判所」設置構想が一九四四年秋に具体化したが、英国が裁判の長期化などを嫌い葬り去った経緯が、林博史関東学院大学教授(近現代史)が英国立公文書館で発見した一連の資料で二十一日までに明らかになった。
   国際法廷構想が消えた結果、BC級戦犯裁判は各国ごとの一審制となり、後に不公正な拙速裁判との批判を受けた。日本人は九百人以上が死刑判決を受けている。
   林教授は、米国やソ連が絡んで利害調整が複雑な国際法廷による戦犯訴追より、アジアの植民地支配の再建を優先する英国の思惑が背景にあったとみており、戦後秩序の再編をめぐる戦勝国の利害がBC級戦犯の命運を左右した可能性が強い。
 
 発見された資料は連合国の専門家で構成された「連合国戦犯委員会」や英政府の関係文書。十六カ国が参加し英国が議長国だった同委員会は、四四年九月十九日付の報告で、英米法と大陸法の違いなどを理由に「連合国戦争犯罪裁判所」設置の必要性を指摘。
 さらに同月中に、裁判所の設置に関する国際条約案と、裁判所を補完するために占領軍が暫定的に多国間の「混合軍事法廷」を設立する勧告書を、委員会の「総意」として英政府に提出、条約締結のための国際会議招集を要請した。
 しかし、英政府は1、人材確保や国内法との調整に時間がかかる 2、ソ連の協力獲得が困難などを理由に、イーデン外相が委員会への四五年一月四日付書簡で、正式に国際会議招集を拒否した。

 林教授は英国の姿勢について「民族自決を掲げた米国が、国際法廷を通じて大英帝国の出来事に干渉する事態を恐れたのではないか」とみている。

大英帝国の再建を優先    荒井信一・駿河台大学教授の話

 BC級戦犯裁判で国際法廷が想定されていた具体的な経緯を示す資料の存在は分かっていなかった。英国にはアジアで大英帝国を一刻も早く再建する必要があり、戦犯裁判に時間をかけたくなかったのだろう。植民地には民族運動が活発化する兆候があり、ソ連が影響力を及ぼす事態を恐れたかもしれない。戦犯委員会には開かれた普遍的な考え方をもつ専門家がいたのだろうが、国家の最高レベルの官僚思考や守旧派の抵抗を打ち破るだけの政治力はなかった。一九四四年から四五年にかけては戦後処理問題が浮上しており、英国にとってはアジアで生き残ることが極めて重要な課題だった。

 より客観的裁判の可能性も    林博史・関東学院大学教授の話

 BC級戦犯の裁判で国際法廷案が採用されていたら、裁く側の都合で裁き方がばらばらだった問題点は改善されたかもしれない。あまり勝手なことをすると、他の連合国から批判を受けるので、もう少し客観的な裁判になった可能性は十分にある。国際法廷だった東京裁判やニュルンベルク裁判にも「勝者の裁き」という批判があり、国際法廷が問題のすべてを解決するわけではないが、相対的に合理的な裁判が期待できたのではないか。

 連合国戦犯委員会とは

 連合国戦犯委員会  一九四三年十月に十七カ国が参加してロンドンで発足。当時は主にナチス・ドイツの戦犯の訴追準備を想定していた。四四年十一月に中国代表を議長に極東部会を設立、日本人戦犯追及にも本腰を入れ、同年十二月から、ドイツ、イタリア、日本など国別の容疑者リストを作成。委員会が打ち出した国際戦犯法廷構想の破たんを受け、四五年三月の活動報告で「委員会の主要な仕事は終わった」と指摘、A級戦犯については米国、英国、ソ連の外相レベルにゆだねる立場を示した。(ロンドン共同)