『米軍基地の歴史―世界ネットワークの形成と展開』吉川弘文館、2012年1月

 

あとがき

  これまで主に日本の戦争責任問題に関わるテーマに取り組んできた私にとって本書は、米軍基地問題についての初めての著作になります。二〇〇二年より少しずつですが米軍に関する資料を集めはじめ、米軍と性売買・性暴力については少しずつ論文を書いてきていました。その後、ほかの仕事が一段落したのでようやく二〇一〇年春より、この問題に本格的に取り組もうと資料を読み始め、一気にまとめたのが本書です。私にとっては一一冊目の本になりますが、新しい分野に取り組んだという点でも私の研究生活の転換点に来ているように感じています。

 冷戦が終わり、世界各地の米軍基地が次々と撤去縮小していく中で、なぜ日本だけにこれほどたくさんの基地が維持され、しかも新しい巨大基地建設まで進められようとするのか、なぜアメリカから自立した主体的な思考ができないのか、多くの人々が疑問に思っていることでしょう。これまでも多くの貴重な研究がなされてきており、その成果から大いに学ばせていただきましたが、日米関係に焦点をあてて物事を見ていると、大事な視点・問題が抜け落ちてしまうように思います。日本にとってはアメリカの存在は大きく、重要な存在と思っている日本人が多いのですが、世界をにらんでいるアメリカにとって日本は重要ではあっても一つの駒にしかすぎません。将棋で例えれば、いくら重要な飛車・角や金であっても王将を守るためには捨て駒にします。アメリカの軍事戦略を見ると、王将(アメリカ)を守ることが最も肝要であり、日本もヨーロッパも、いざというときには捨て駒にされてしまうということがよくわかります。日本はアメリカの捨て駒にされ、日本の中では沖縄が本土から捨て駒にされるという二重の差別の構造があります。後者は沖縄戦と同じと言ってもいいでしょう。

アメリカは日本を守るために基地を置いているのだという日本人の妄想を断ち切るためには、一度、ワシントンからの視点で世界を見てみることが必要だと思います。本書は、そういう意味で、日米関係の視点を超えて、ワシントンの視点から軍事戦略・海外基地ネットワークを見た上で、それを批判的にとらえなおそうという試みです。

 本書を書き終えて痛感することは、ようやく序章を書いたにすぎないということです。いや、序章のなかの一節を書いたに過ぎないとも言えるかもしれません。集めた資料や文献で読んでいないものは大量に残っており、毎年アメリカに調査に行っていますが、まだ集めるべき資料は膨大に残されています。それらを読んでから、と言っていると研究をまとめられるのはいつになるかわかりません。私なりに大雑把ではありますが、一九世紀末から一九六〇年ごろまでの流れがある程度つかめたと判断した時点で本書をまとめることにしました。もっと調べなければならない問題や詰めきれていない問題など課題は膨大に残されていますが、先に述べたような米軍基地依存症の日本の現実に、少しでも早くなんらかの問題提起をしなければならないと感じたからです。

原子力発電については、三・一一以前の翼賛体制が崩壊しつつあり、原発を当然視しない議論がなされつつありますが、米軍基地については依然として、学界・報道界も加えた政官財学報複合体による翼賛体制が続いています。原発については被害を受けて初めて脱原発の議論が巻き起こっていますが、基地問題については、戦争による被害なしに、自らの理性と人間性によって脱基地へと転換を図らなければなりません。アメリカがどれほど多くの戦争をしかけ、あるいは軍事介入をおこない、多くの人々を殺し傷つけてきたのかということを考えるならば、米軍基地を縮小撤去させることは、日本人が加害者になってはならないという決意と姿勢を実行することでもあります。戦争責任を果たそうとしない日本人だからこそ、米軍基地を肯定・容認しているのであり、戦争責任と米軍基地の二つの問題は不可分です。

 アメリカの英語の資料や文献を読みながらいつも感じていることは、かれらの見方は非常に一面的で歪んでいるということです。アメリカの視点で、英語だけで見ているとこのように見えるのか、あるいは見えないのかがよくわかります。沖縄を含めて日本については、私は日本語資料を読んで、英語資料の一面性や歪みを理解できます。ただ各国については残念ながらその語学力がありません。英語資料の歪みを意識しながら資料を読み解くしかないのですが、この米軍基地問題には多くの研究者の協力が必要だと思う次第です。各国の言葉をできる研究者は日本にもたくさんいるはずですので、そうした研究者が米軍基地問題を念頭においた研究をぜひやっていただきたいと思います。私自身もこの米軍基地問題について継続して研究を進めていく所存です。

 本書をまとめるにあたって多くの方々のお世話になりました。一人ひとりのお名前をあげることはしませんが、みなさんにあらためてお礼申し上げます。

 本書に関わる資料収集にあたっては、科学研究費基盤研究(B)「米軍の性売買政策と性暴力―その歴史ならびに現状の実証的研究」(代表林博史、二〇〇九―二〇一二年度)、関東学院大学戦略的プロジェクト研究「二一世紀における日中韓とアセアン地域の安全保障に関する研究」(二〇一〇―二〇一二年度)を活用させていただきました。

 二〇〇九年夏にボストンのケネディ大統領図書館とワシントンの国立公文書館などに調査に行っていた際にケネディ兄弟の末弟である上院議員エドワード・ケネディが亡くなりました。アメリカのテレビは彼についてくりかえし報道しており、アメリカ社会にとってのケネディ人気の大きさを感じましたが、エドワードが生前の演説の最後にくりかえし言っていた言葉が印象に残りました。ケネディ兄弟への評価は別として、その言葉に私も強く共鳴し、本書を締めくくりたいと思います。

 「希望は再び立ち上がり、夢は生き続ける。」

                    2011年10月6日

                             林 博史