吉見義明・林博史編著『共同研究・日本軍慰安婦』    

                大月書店、1995年8月刊行、2600円


この本は日本の戦争責任資料センターの約2年間の調査研究の成果です。執筆者は9人ですが、たくさんのボランティアの方々の協力の成果でもあります。ここでは、この本の目次と「はじめに」を紹介します。


本書の目次

第一章 日本軍慰安婦とはなにか
     一 軍慰安婦制度の概要
     二 このような制度がなぜ必要とされたのか

第二章 軍慰安婦制度の指揮命令系統
     一 陸軍
     二 海軍・内務省・総督府

第三章 日本・台湾・朝鮮からの軍慰安婦の徴集
     一 日本国内からの徴集
     二 台湾からの徴集
     三 朝鮮からの徴集

第四章 中国占領地における徴集と慰安所の展開
     一 前史
     二 日中戦争初動期における軍慰安所の開設と慰安婦の募集
     三 日中戦争長期化のもとでの軍慰安婦の徴集と慰安所の展開
     四 関特演と関東軍
     五 アジア太平洋戦争期ー中国が補給母体となる場合

第五章 アジア太平洋戦争下の慰安所の展開
     一 東南アジア・太平洋地域における徴集
     二 ヨーロッパ人の徴集
     三 東南アジア・太平洋地域の慰安所の展開
     四 沖縄の慰安所
     五 日本国内の慰安所

第六章 軍慰安所における生活実態

第七章 心身に残る傷

第八章 日本軍慰安所制度の歴史的背景
     一 日本社会と公娼制
     二 朝鮮植民地支配と朝鮮人女性
     三 日本軍隊の特質

おわりに

 

はじめに

 かつて日本軍が日中戦争からアジア太平洋戦争の時期において、日本軍「慰安所」を設け、多くの女性を「慰安婦」にしていたことは軍関係者や研究者の間では周知の事実だった。しかしながら、この問題の解明に正面から取り組んだ研究は千田夏光氏の先駆的な仕事である『従軍慰安婦』(双葉社、一九七三年、講談社文庫に収録)を除いて、最近までほとんどなかった。市民の中からこの問題を取上げ、政治の場でも問題にされるようになったのはようやく一九九〇年ごろになってからだった。民間業者が勝手に連れ歩いていたのだと言って政府や軍の関与を否定していた日本政府が、本書の共同執筆者の一人である吉見義明の発見した軍の公文書の前にようやく政府の関与を認めたのは一九九二年一月のことだった。

 戦後四〇数年にわたって、この問題をなおざりにしてきたことは戦争責任や植民地支配への責任に対する私たちのあり方が根本的に問われていることは言うまでもない。戦後五〇年をむかえ、かつての侵略戦争や植民地支配を総括するとともに、戦後五〇年のあり方をも総括することは、日本と日本人の将来にとって不可欠の課題となっている。特に戦争犯罪であり、民族差別であり、性犯罪である日本軍慰安婦問題の事実の解明とその戦後補償の解決は、現在の日本社会と市民にとって、人権と民主主義の水準を問う試金石であると言っても過言ではないだろう。

 この数年来、日本軍慰安婦に関して、多くの方々が史料の発掘、元慰安婦や軍関係者らからの聞き取りなどに精力的に取り組み、たくさんの成果が出版されている。私たちはこれらの成果から多くのことを学ばせていただいた。と同時にその限界をも認識させられた。 戦後直後に日本軍史料の多くが廃棄され、さらに五〇年がたち、日本軍慰安婦・慰安所の史料が断片的にしか残されていないこと、元慰安婦の方が名乗り出ること自体が困難な状況にあり聞き取りにも制約があることなどの難しい条件があり、これまでの成果はそれぞれ、重要な側面を抉り出してはいるが、部分的な傾向がある。あるいは韓国での取り組みが進んでいることから慰安婦にされた朝鮮人女性についての聞き取りは比較的に進んでいるが、中国や東南アジア、太平洋地域で慰安婦にされた女性の実態の解明はきわめて遅れていることにも示されているように、事実の解明はまだ偏っている。

 こうした中で、本書は、日本軍が設けた日本軍慰安婦・慰安所の全体像と全過程を描こうとする試みである。もちろん史料の制約は大きく、わからない部分が非常に多いが、そうした研究をまとめることが可能な条件がたくさんの方々の努力によって生まれてきているし、不十分ではあれそうした成果をまとめることが、今後の研究の発展や戦後補償の実現にとって重要であると考えたからである。

 本書は「日本の戦争責任資料センター」の「従軍慰安婦」部会に参加した九名による共同研究である。センターの活動については「あとがき」を参照していただきたいが、国内外の史料調査をおこないながら、議論をくりかえし、担当を分担執筆してさらに議論を重ねながら本書を完成させた。 九名の共同執筆であり、すべての点にわたって意見を統一することはできないし、観点の違いも当然ある。日本軍慰安婦についての全体の過程・全体像をおさえられるように構成を検討したが、当然もれている問題もあるだろうし、解明すべきだと考えていても史料の制約や研究の遅れから触れられなかったり、不十分にしか述べられなかった箇所もたくさんある。本書が今後研究の進展の跳躍台になり、さらに日本軍慰安婦問題の解決のために努力しておられる人々に活用していただくことができれば、幸いである。

 なお本書のタイトルにもかかわるが、用語の問題について説明しておきたい。本書の対象とする問題については、現在「従軍慰安婦」「軍慰安婦」「軍隊慰安婦」あるいは「性奴隷」というように様々な呼び方がされている。戦争中の軍の呼称としては「酌婦」「妓女」「特殊慰安婦」という場合もあるが、概ね「慰安婦」という言葉が使われている。 先程紹介した千田夏光氏が書名に「従軍慰安婦」という言葉を使ったことの影響が大きかった、その後は「従軍慰安婦」という呼び方が一般化した。この言葉に対して、特に女性の運動団体から「従軍」という言葉には自発的というニュアンスが含まれているので適当ではないという批判が出てきた。そこから「従軍」ではなく、「軍慰安婦」あるいは「軍隊慰安婦」という呼び方が生まれてきた。さらに「慰安婦」という言葉についても、女性が兵士を「慰安」するというのは実態と違うという批判がなされ、本質は「性奴隷」だとして「性奴隷(制)」という言葉を使う人々も生まれてきている。

 本書では「日本軍慰安婦」という名称を採用した。「性奴隷」については、「日本軍慰安婦」の本質が性奴隷だという使い方ならば理解できるとしても、「性奴隷」という言葉は、一般の「売春婦」にも、時には家父長制の下にある女性(妻であり母)にも使われる、きわめて範囲の広い言葉である。軍隊専用の、性を提供させられた女性を示す固有名詞としては適当でないと考える。議論のある「従軍」については使わず、「軍慰安婦」という言葉を表題に掲げることにした。 「慰安婦」という言葉は、史料に出てくる用語であるが、実態を示す言葉としては適当ではないことを鑑み、本来は括弧に入れて使用することが妥当と考える。ただし叙述の中では、煩雑になる場合には括弧を使用しないこともあること、また「軍慰安婦」「軍隊慰安婦」「慰安婦」という言葉の使い方は執筆担当者の意思を尊重したことをご容赦いただきたい。 本書の執筆分担は以下の通りである。             (中略)

 分担執筆した原稿を吉見と林が全体を通して手を入れ、再度全員で議論してまとめた。
                            
                                        1995年6月3日
                                                  吉見義明 
                                                  林 博史