『琉球新報』2012年6月12日

 「沖縄戦 皇軍の思考 「県史 日本軍史料」を解く(2) 大本営・戦訓 住民殺害、軍全体の方針 慰安所は細部まで管理」

                    林 博史


 この2012年5月に沖縄県史の一環として、『沖縄県史資料編23 沖縄戦日本軍史料』を刊行しました。私も編纂にかかわった関係で、その解説を新聞に書いたものです。残されている日本軍史料のなかから、沖縄戦を理解する上で重要な史料を抜粋して掲載しています。市販もされていますので、ご活用ください。2012.8.12記


沖縄の日本軍の戦闘の準備や戦い方を規定したのは大本営だった。南西諸島を「皇土防衛の為の縦深作戦遂行上の前縁」とし、事実上の捨石作戦と位置づけた「帝国陸海軍作戦計画大綱」も含まれる。大本営の「機密戦争日誌」には、四月二日に首相が沖縄の戦況を尋ねたのに対し、参謀本部第一部長は「結局敵に占領せられ」と答えたことが記されている。五月六日には「沖縄作戦の見透は明白となる」と沖縄を見捨てていることがわかる。県民の生命や安全など意に介さない軍の冷徹な思考が見えてくる。また「不逞の分子」、スパイと見なした者には「断乎たる処置を講」ぜよ、つまり処刑せよという軍の教令も掲載している。住民殺害は第三十二軍だけの責任ではなく日本軍全体の方針だった。

本書は文書作成機関ごとに章立てされているが、第五章ではテーマ別史料として一〇項目にわけて掲載している。以下、それらについて見ていくが、その一つが戦訓である。

 軍は戦闘の経験から戦訓としてまとめて今後の戦闘の参考にした。第三十二軍の戦訓では、兵器のない者を「挺進斬込に使用」したこと、「本県人は鈍感なるを以て事前準備周到なる時は相当の効果あり」と記している。沖縄県民を馬鹿にしながらも、斬り込みに利用したことを肯定的に見ている。大本営が作成した沖縄戦の戦訓でも斬り込みを勧め、「爆薬肉攻は威力大なり」と爆薬を抱えての自殺攻撃を推奨している。この肉攻の方法は図解入りで取り上げられており、ぜひ一度史料を見ていただければと思う。

日本軍を語る上で欠かせないのが軍慰安所である。第三十二軍が最初から組織的計画的に慰安所を設置していった経過がよくわかる史料をいくつも掲載した。伊江島飛行場の建設作業開始にあたってその設営隊長は「本職の設備する特殊慰安婦」と軍が慰安所を設置すると明言している。また慰安所の建物の建設、名称、使用時間、価格、軍と慰安婦との「契約」をはじめ軍が細部にいたるまで管理していたこともよくわかる。

 なお第二章の第三十二軍司令部史料の箇所に収録した文書であるが、五月一〇日に第三十二軍壕にいた若藤や偕行社(将校倶楽部)を含め女性七五名を南部に移動させる命令がある。この文書だけからではそのなかの誰が慰安婦だったかはわからないが、いくつかの証言から辻の料亭若藤の女性たちが慰安婦にされていたことがわかっており、彼女らが壕内にいたことが確認できる。またこの壕にいた鉄血勤皇隊らの何人もの証言から朝鮮人を含め慰安婦にさせられた女性たちが壕内にいたことも明らかである。

沖縄戦における日本軍の住民虐殺や虐待の実態は、軍の史料ではなく多数の県民の証言から明らかにされてきた。軍の文書で住民虐殺を裏付けるものはほとんど残っていない。しかしだからといって日本軍の住民虐殺は事実とは言えないなどと言えるだろうか。第三十二軍壕に慰安婦がいたことを認めない沖縄県の態度は、沖縄戦の苦難をくぐりぬけた県民の証言を否定し、県民を愚弄するものでしかない。なお前述の文書の七五名のなかに慰安婦が含まれていることは間違いないが、名前が出ている三十数名は慰安婦ではなかった人たちと思われる。

 防衛隊に関する当時の史料はほとんど残っていない。本書では防衛召集に関する法令(勅令や省令)の該当箇所を系統的に収録した。一般に防衛召集は一七歳以上が対象と考えられてきたが、志願を前提として一四歳以上を防衛召集できる法令が作られていた。別に収録した鉄血勤皇隊の召集についての軍と県の覚書と合わせて見ると、一四歳以上の学徒を軍人として召集した軍の方法がよくわかる。ただ実際の召集はこの法的手続きを無視しておこなわれたので、その召集が正当だったとは言えない。

 最後に米軍押収資料について紹介しておきたい。米軍が沖縄で多くの日本軍文書を押収し、その一部は日本に返還され、それらが本書収録史料の多くを占めている。しかし現物は見つからないがその英訳だけが残っているものが多数ある。たとえば、四五年二月末時点での第三十二軍各部隊の実人員数は、沖縄本島とその周辺で計六万六四九〇名、宮古八重山、奄美などを含め第三十二軍全体で一〇万九七八六名だったことがわかる。また徴用労務者や防衛召集者、義勇隊の人数など貴重なデータもある。また警察が住民のなかから「敵への協力者」を摘発する任務を与えられていることなどを示す沖縄県警察文書も収録した。沖縄戦のなかでの警察の役割は今後、さらに明らかにされる必要があるだろう。

 日本軍文書は沖縄戦の実相の一部しか示すものではなく、そこからは沖縄県民の体験の様子はまったくわからない。沖縄県民をあのような地獄の戦場に追いやり犠牲を強いた実態は県民の証言からしか理解できない。ただ人々をそうした状況に追い込んだ日本軍の論理と思考、戦略を知ることは、それを二度と繰返さないためにも不可欠の作業である。そのためにも本書が多くの方々によって活用されることを期待したい。